2004年04月27日

「非国民!」続々考

人質問題をめぐって「「非国民!」再生」(2004.4.18)以来少し書き、まだひとこと書くことがあったのだが、止まっていた。身辺がとても忙しく、なおかつ「パッション」についての議論が自分の中に入ってきたからだ。で、その続きを書いて、取りあえず区切りをつけたい。(と言ったが、またディスターブされるものが入った。この続きは、2,3日後になりそう。)

  
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2004年04月24日

パッション(受難)  〔一応完結〕

欧米で大変な話題になっている、メル・ギブソンが監督した「パッション」(The Passion of the Christ)を、5月の封切りに先立って試写会で見た。いろんな感想があって、じつはちょっと書き切れないが、簡単にだけ書いておく。

まずは誰もが印象づけられるのは、パッションという名に違わずというべきか、キリストに加えられた迫害・暴力をきわめて迫真的に描iいていることである。それは凄惨というか酸鼻極まりないといってよいほどにしつこい描き方である。笞打ちの場面がこれでもかこれでもかというほど延々と続くし、十字架を背負ったり、それに掛けられたりするイエスの肉体への迫害やダメッジの描写が念入りきわまりない。これはイエスの肉体・血がまさに現れ出る作品だといってよい。その書き方は、ヨーゼフ・ブリンツラーなどの研究を参照したのではないかと言われる(大貫隆他訳『イエスの裁判』)。アラム語を登場人物に使わせているところなどもあわせて、イエスの体験やその状況そのものに迫ろうとする一種のリアリズムがあるといえるだろう。

そうした点は、学問的ないし歴史的な視点からは、「よくやった」と言える面がある所・ある程度あるわけだろう。がしかし、そのような史的リアリズムが全編に貫かれているのか、というと、決してそうではない。つまり、たしかにあるところは聖書学や歴史学が明らかにしてきた事実への肉迫や脱神話化に少し棹差すかに見える。しかし、それを位置づけるプロットや全体のあり方は、「事実そのものへ」という態度とはまったく違う。というのは、映画の筋は、伝統的な「十字架の道行き」(14留あって、それが黙想の対象となる)や、「十字架上の7つの言葉」などいわば後代のキリスト教が構築した寓意的な枠組をそっくりそのままそこに被せているからである。

したがって、「史的リアリティ」は、もっぱら受難の迫真性をいやが上にも高めるためのものである。その受難の迫真性は、あまりにそこに重心がありすぎる気はするが、結局は、物語的ないし信仰的な効果──仮りに「物語的リアリティ」と言っておく──を浮き彫りにするために用いられているようだ。別の言い方をすると、映画の世界が、こちらの一般的通念から分離され、いかにも「それ」はそうありそうだというように設定されると、あとは歴史的にどうかということにはこだわらずもう関心は注がれてない。そして表現としての追求が行われる。受難の迫真的な描き方は、ときには史的事実よりはもっとオーバーかとさえ思われることがある。また、かなり多くの場面では、史的リアリティは、画面上での物語的リアリティを優先するために、ないがしろとまでは言わないにせよ、容易に動かされたりアレンジされたりしている。そのアレンジは多くはむしろ伝統的である。「十字架上の七つの言葉」をイエスが漏れなく述べたり、「遠巻き」にしているはずのマリアがイエスと身近に会話したりするのはその一例である。イエスの顔を拭うヴェロニカやピラトの妻クラウディアの書き込みも、(後代説話的であって)史的なあるいは聖書によるものではない。それ以外にもあるだろう。

(イエスの裁判は、映画では、ピラトがまず(死刑のためのではなく、死刑を避けるための)笞打ちに持っていき、ついでそれでもだめだいう祭司・民衆に押されて十字架刑にするという運びだが、すべての福音書がそうなっている訳ではない。このプロットはブリンツラーなどの史的探求に拠ったように思えるが、あるいは寓意的に定番化されていた面もあるのだろうか。いずれにせよ、その結果、イエスへの迫害がより最大限のプロセスとして念入りに描かれるようになったことはたしかである。)

キリストの受難は、たとえば、私の知る17世紀初頭頃のキリシタンでも、イグナチウス・ロヨラの霊操(心霊修行)の影響を受けたらしい、『スピリツアル修行』に「御パッションの観念」というのがあるように、そのあとを黙想し辿ることが特にカトリックではながく行われて来た。笞打なども、今はどうなのかよく知らないが、かつては、「行」としてよく行われていた。キリストのあとを追体験する人が、聖痕を見たりみずからに得ようとしたり/あるいは実際に身に得たりした。ギブソンも、十字架で釘を打つシーンを撮るのに自分の手を使ったという。受難は、教会的な黙想や祈りのテーマであるだけでなく、民衆的にも、十字架を負ったキリストのあとを辿って傷つきながら巡行する祭りなどがいまでも世界各地にある。

そうした受難の具体性は、いわばロジックとしての贖罪論になったり教会的な制度になっていくとき、たしかに空洞化されていく。実際、先進国におけるキリスト教の信仰的退潮は明らかである。とはいえ、それを身体的・具体的に確かめようとするというする動きも営々としてあった。そのキリストのあとを辿る黙想・殉教追体験の営みが、ここでは映画という形をとってギブソン流に行われたのだとも言える。だから、これは「受難物語(劇)」「受難の黙想」の現代映画化だともいえる。ギブソン自身にとってみれば、この映画完成への道程は、史的リアリズムをある程度援用しながらも結局は彼なりの「イメージと音」によって増幅した「受難への想像的遡及」であり、その表出であっただろう。もちろん、それは興行でもある。したがって、この映画は、彼自身もそうだろうが、他の人々にも、キリスト教の伝統的核心を再想起させ、信仰を新たにさせるような機能をもつところがあると思われる。キリスト教圏でヒットしているのもわかる。

そのような受難遡及のさいのカテゴリーについてだが、映画では先に述べた14留や7つの言葉だけでなく、その核心部分にはもちろんキリストの肉体と血がある。これが聖餐(聖体)と重ねられていることは明らかである。実際、その虐げられた肉体と血に、マリヤなどが近づきふれようとすることはもちろん、異常に嗜虐的に描かれているローマ兵などさえ、それにふれることで、わずかづつだが変容を起こして行くかに描かれている。とくに、最後の十字架上のイエスを刺した兵士はその血を浴びることで、一種呆然とした表情を見せたりする。これはまさにミステリウムとしての「聖なる血と肉」にふれた故なのだと暗示されているのだろう。

その反対に、ユダの死の場面には、ご丁寧にも蛆がたかる腐臭に充ちた動物の死体が置かれ、この死がやがて成就するイエス(キリスト)のそれとはまったく違うもので、再生(復活)につながらないものだと示唆しているかのようである。おそらくそのこととも関連するのだろうが、サタンが青ざめたいかにも陰険な死神風の女性のように描かれて、最初のゲッセマネの場面以来、最後まで何かというと同伴する。笞打ちの場面だったか、死産した子どものようなものを抱いて通り過ぎたりする。これも何か寓意的なものがかつてからあったのか、それともギブソンの置いたものかいま詳かでないが、いずれにせよ、復活につながらないような死の象徴なのだろう。(──あとで、ある方〔OY氏〕から、この死神は中世的なイメージとしてよくあるものだ、と教えられた。)

つまりもの凄い迫害を受ける肉体と血にこれでもかと直面する受難(的死)のプロセスがギリギリのところで反転、生を通し見ることになっており、これに対し、そうでないような汚辱のあるいは青ざめた死が対置されているかのようである。受難から反転して出てくる前者の生は、もちろん最後の「復活」の場面ではっきり示されるのだが、その途上においてはさまざまな回想場面においてイメージが重ねられる。それはイエス自身が弟子に向けて愛を説く言葉のシーンであり、あるいは特徴的なのは、マリアとの母子関係的な場面である。こういうときのイエスは、とてつもなく穏やかでうっすらとにこやかな表情で弟子たちに語る人だったり、母の幼子だったり、あるいはマリアとファミリー的に交流する青年だったりする。その端的に肯定的に描かれる柔らかかつ暖かな生の姿は、迫害の暴力シーンときわめて顕著に対比されている。こうした際のマリアの存在は大変に大きい。それはカトリック的といってよいのだろうが、ともかく、この端的な二人称共同体的な生と、まったく壊滅的な暴力とが、対比的に強調されていることは確かだ。そしてそのマリアおよび復活の意味が、女性のように描かれ生まれない子を抱いているかのようなサタンと明らかに対照されている。

したがって、この映画が何を説いたかというと、残酷きわまりない受難を描くことを通じて結局愛を説いたのだ、ということになるだろう。ただ、「残酷きわまりない受難」に重心が置かれ過ぎている感はする。それ以外は、キリスト教的教養を前提にして省略されたのだろうか。が、それにしても愛が、そして復活が、「取ってつけたよう」である。おそらく、見る者が何かを補わなければ、残虐シーンとわずかな甘いフラッシュバックばかりが残るだろう。

受難がなぜ愛になるのかという論理については、映画は、もちろん七つの言葉などを配しているが、その先は結局きわめてプリミティブで生理的・肉体的・神話的といえるようなものにつよく依拠している。つまり、生け贄をあまりに見れば、またその生け贄が無垢なよいものであればいっそう、それにいたたまれず、惻隠の情を喚起されざるを得ない──そのような論理に映画はもっぱら訴えている。そのため、イエスの受難がどういう文脈から生じたか、イエスがどんな多くの喩えを説いたか、どんな差別民の中に入っていき宣教したり飲食したりしたか、癒しのわざを行ったか、あるいはどんな魅力をもっていたか、といったことは、フラッシュバックの場面にすら、ほとんど語られていない。

つまり、それはまったく狭義での受難とその反対物としての愛・無垢しか描いていない。そのことは結局、復活の必然が(神秘としてすら)感じられないという、キリストを描いたものとしては致命的な問題を生じているようだ。古い保守的信仰への退行としてはそれでいいのかもしれないが、「受難がどうなるのか」すなわち「復活とは何なのか」という問いは、テーマが受難だというにしても、あまりにも不足で示唆さえあるとはいえない〔このあたりについては、OY氏の指摘により考えさせられた。私の議論はまだ不十分だが、感謝したい〕。

「受難がどうして起こるのか」もあまりよく判らない。だから映画では、受難が激しいのはローマ兵たちの個人的な嗜虐的性格、彼らのサディズムによるものであるかのようでさえある。聖書には、ローマ兵は、イエスを「いたぶった」とあるが、そのいたぶりは映画では言いようもなく嫌らしく、もう止めろと言いたくなるプロレスの悪役によるものかのようである。たしかに、史的にもそうだったかもしれないが、しかし映画のロジックがそこに止まり、このような悪・暴力像にきわめて依存的であることは、ギブソンの想像力と知性の狭さをやはり感じさせられざるを得ない。格闘技をみるような異様な感情といかにもイノセントな愛と、こういうカテゴリーしかこの人にはないのだろうか。むろんそれがいわば原初的・神話的な感情に根ざすだろうことはわかるし、それをよく描いたとも言える。が、しかしそれしか描かないというか、少なくともそれ以上の次元への視野が(受難の寓意的配置以外に)ほとんど無いようなのは、いったい何なのだろうか。

(その後、ギブソンは、ローマ兵の残虐さのみならず、キリストを殺せ、という「群衆の負のエネルギー」をこそ描こうとしたのだ、という映画評があった〔石飛徳樹、朝日新聞、2004.4.29〕。ただ、この点はイエスの処刑における常識でもあるから、それをギブソンが敢えて描きたかったとのかというと、どうだろうか。ともあれ、それが意図的にか結果的にか表現されていることは確かである。それにしても、その「負のエネルギー」をあるいは心理的な嗜虐や暴発に対して少なくともこれを「批評するような視線」は映画には見られないとぼくは感じた。暴力にはこの映画のような種類の「愛」だけしか対置できないということだろうか。)

受難のプロセスについては、聖書学やそれと関わる神学では、(1)イエスが、様々な言葉や態度を現しながらも、始めからある確信の上にあってそれを完遂するという筋、、(2)イエスが、最初は従来の当時流布した言説とも結び付いた確信をもちながらも、次第に絶望に至という筋、(3)イエスが同様にその確信していたイメージを次第に破砕され、いわば無限の問いに至るという筋、等の解釈があるらしい。が、多くの西欧の学者は(1)的な流れを見る者が多いという(大貫隆氏による)。それだと「イエスという経験」ではなく、もちろん「キリストの受難」である。この映画も、そのタイトルどおり、やはり(2)でも(3)でもなく、(1)である。ゲッセマネの苦悶以後は、イエス(キリスト)は確信の道を進んでおり、たしかに虐待は極に達するが、あくまでもその心に揺るぎはなく、結局愛が説かれ続ける形になっている。ギブソンは、西欧の多くの学者たち以上に、正統的な受難物語を踏襲している積りであろうから、それは彼にとっては当然で、他の選択はなかったのだろう。その意味では、この映画は、パゾリーニの「奇跡の丘」や、「ジーザス・クライスト・スーパースター」のもつものに較べると、「保守的」といえるかもしれない。

以上のことは結局、この映画がどのように受容されるのか、またそれがどのようなものを人に与えるのか、という問題になる。先に言ったように、それが差し当たり、きわめて率直に(というか嗜虐的にというべきか)受難を描くことを通じて結局愛と平安を示唆するものであることはたしかだ。ゲッセマネ後にイエスが捕まるさいにも、イエスは「剣をふるうものは剣によってほろぼされる」といい、彼はいわば一貫して無抵抗である。イエスが「剣をもたらす」ような側面は(抽象的な愛や真理のメッセージ以外には)よくもわるくもほとんど描かれていない。イエスは戦うというような意味で挑発的なところはまったくない。映画のイエスは肉体的にはマッチョで精神的にはきわめて柔弱である(それはギブソン自身がそうであるか、少なくとも彼のイメージの投影であることはたしかだ)。その意味では、この映画は、報復や聖戦を説くような意味での「原理主義」に行く要素は少ないと言えるだろう。反ユダヤ主義についても、キリストを描くということ自体やその広い影響力からは、そう見られてしまう点はあるのは仕方がないだろうが、しかし映画自体はそういう筋をとくに宣揚してはいないと言える。ピラトが手を洗ったあとで群衆が叫ぶ、「その血の責任はおれたちとその子孫で結構だ!」(マタイ27:25)という言葉も(当然だろうが)拾われてはいない。

空洞化したキリスト教の信徒に信仰の具体性を恢復させる働きがあるだろうということは、先に述べた。アメリカでは、9.11以後のアメリカ人の受難感覚と重なって受け止められるいるだろうという解釈もあり、ある程度納得できる(高成田享 http://www.asahi.com/column/aic/Mon/d_drag/20040426.html)。先ほど原理主義には直接は行かないだろうと言ったが、しかし、実際は大変に攻撃的でも、自分自身の内部では被害と受難の感覚に満ち溢れているようなこともありうるから、そうした機制のもとで「強いアメリカ人」にも十分共鳴されるかもしれない。また、こうした受難感覚は、アメリカに限らず、他地域でも・また他教徒でも、現代の状況とも相俟って、かなり共鳴されるかもしれない。実際、最近、中東から戻って来たある人は私に、中東の知識人には映画にかなり共感的な人も多く、彼らが「これは我々の状況そのものだ」と言っていると話してくれた。そういう人がどれほどいるかは判らないが、ともかくこの場合は、映画におけるユダヤの祭司や民衆と現代イスラエルとが重なっているわけである。さまざまな状況の中から「受難」物語が共鳴作用を起こすことがわかる。ただいずれにせよ、それがどういう変容をそれぞれの人にもたらすのかは判らないところがある。

キリスト教信徒でない者あるいは非正統的なキリスト教徒にとってはどうか。先に述べた、キリスト教正統的な寓意的要素は、しかし、うるさく説かれているものでは決してなく、映像の中にそれとなく埋め込まれているから、それが非信者にひっかかりにはならないだろう。むしろ、寓意的であるがゆえに、伝わるかもしれない。そして何より、キリスト教的神学や論理を述べるというのではなく、文字通り受難という「犠牲」をこそ描いたという点において、この映画は、意外に他教徒にも理解できるものになったのではないか、とも考えられる。ただ、肉体や血への集中、その聖性をほのめかすような部分は、キリスト教徒には当然理解されるか、まあ理解しなければ少なくとも正統的キリスト教徒ではないことになる。それは、他教徒には、見過ごされるか、それとも犠牲の論理の延長として理解されるだろうか──。非正統的なキリスト教徒にとっては、その人がどのように非正統的かによるが、キリスト教的寓意がそれほどうるさくない点、だいたいすんなり入って来る点は、「十字架」を強調する人なら、これはいいと評価するかもしれない。それは多くのプロテスタントの態度であるかもしれない。

考えられるのは、そのような受難への集中と肉体や血というものが、あるいは先にギブソンの想像力や知性の「狭さ」をいい映画で「残虐シーンとわずかな甘いフラッシュバックばかりが残る」のではないかといった点が、この映画を、きわめて強烈だがだからといって変化すべくもないいわば感覚的体験に留めてしまう可能性がある、ということである。先ほどどういう変容を起こすのか判らないといったのも、このことがあるからである。その「感覚性」は、映画をさらに位置づける歴史的あるいは教義的な配置を知らない他教徒にとって特にそうだし、現代のいわゆるキリスト教国の人々にとってさえそうかも知れない。この点は、素養の豊かなキリスト教国では、一層問題になるかも知れない。逆に、非キリスト教国では、それはあまり問題にならず、ただ「すごい」といって評価されたり、あるいは「いやだ」といって気味悪がられる、いずれにせよ感覚的理解にとどまる可能性がかなりある。

そのことは、興行的には、だからこそ観客を引き寄せるかもしれないが、そうでもないかもしれない。意外にも、実存哲学や現代的な「語りを拒否する人たち」によって好感されるかもしれない。いずれにせよ、それはどうイエスやキリストの理解や想像に資するだろうか。あとはそれぞれの人・文化の問題だろうか。ぼく自身は、脱構築は批判主義としては有効だが所詮究極的には論理的にも成り立たないと考え、むしろどのような語りがもたらされるかこそが大事だと考えているので、この映画の「狭さ」あるいは語りの安易さは、肯定的には感じられない。それは、たとえ原初的な何かに突き刺さっているとはいえ、イエス・キリストのもたらした豊かなものを、きわめてイメージ的に大仰かつ念入りではあるが、いささか「低能な感じ」に圧縮し──といえば言い過ぎなら、あまり「思索には誘わない形」に凝縮しており、それが現代文化を象徴しているようにも思われ、何か残念な気もする。

この映画が感覚的だということから、反応として、それら感覚をめぐる受容・反発というだけでなく、そのカテゴリーを越える、またはそれとは違う別の道があるはずだと考えられ、それゆえに翻って映画が端的には肯定されない、という可能性もある。つまり、先ほど来の「偏り」(暴力偏重・愛無垢)や「狭さ」をめぐって、「いやそれ以上のものが実はあるではないか」と考えるのである。OY氏が教えて下さったところでは、「アメリカのTime誌が、この映画に触発されて"Why did Jesus have to die?" という特集記事(4月12日号)を出し」、そこでは「いわゆる救済論の神学の歴史が縷縷書かれ」ていたりするそうである(ぼくはまだ見てない)。その記事が、映画を肯定しつつ補おうとするものなのか、不満をもつがゆえにそう書くのか、どちらかはわからない。Timeだと前者のような気もするが、Web上では「Mel Gibson's movie has thrust this powerful question back at the center of Holy Week」ともある。 いずれにせよ、そこに不足があるとは感じられているのだろう。ただ、つっかえ棒の建て方はいろいろあり得、それによってはどういう方向に行くかわからない。

すると、改めて気づかされるが、映画は、そういう〔感覚を越えた〕ところに敢えて立ち入らず、見た者がショッキングでありかついろんな投影をそこに起こせるように、わざわざ「狭く」「偏ら」せたのかもしれない。だとすると、これは足りないというよりむしろ高等戦術というかそれなりに「賢い」ということになる。いろんな人がどんどん見て、あとでいろいろ言いたくなるようにするのは、映画を始めとする媒体が少なくとも興行的に受けるための秘訣なのかもしれない。だとしても、その不足・偏りが、意識的なのかそれとも巧まずしてか、ギブソンなり現代の映画なりはそういうものなのか、わからない。私としては「そういうもの」なのだと言いたい気がする。

「カテゴリーを越える、またはそれとは違う別の」道については、いま述べたキリスト教的文脈とはまた異なる局面からの反応が、とくに非キリスト教地域では、あるかもしれない。というのは、受難の論理は、暴力を受け止めることを通じてその彼方に変容するものだといえるが、しかし、たとえば、仏教はそのさい、血と肉の弁証法のようなものとはちがう、場合によってはストア派に近いような、諦めや静けさ・安らかさの中から、ある覚醒や慈悲を導き出す。これは、どう考えても、この映画が描くようなキリスト教での生け贄の道とは異なっている。愛が、必ずこのような受難の道だけによって見出されるとは言えないだろう。たとえば、やはり映画になったが、ガンジーの場合はどうだろうか。これも受難の道ではあるだろうが、それは、ギブソンの映画が──あるいはキリスト教の西欧的な肉・血・生・死等の諸象徴が──訴えるものとはまったく違っている。逆にいえば、ギブソンの映画が「とりわけいい」と感じる人からすると、ガンジーの話は「物足りない」だろう。とはいえ、ガンジーは、明らかに暴力によって亡くなり、あるいは暴力の救済に身を挺し、それはまたM.L.キングに影響を与えている。ガンジーに近いようなキリスト教やその実践は少なくないはずである。この映画のイエスも無抵抗ではあるが、しかしその内部にあるものは、ガンジーのアンヒサーやその実践の感覚からすると、どう見えるのだろうか。

その点とも絡んで、ぼく自身が気になったのは、蛇やサタンの扱い方である。サタン(死神?)が、復活の、またマリアの反対物として存在しているらしいことは先に述べた。しかし、その存在が一体何なのか、私には曖昧で、本当のところいまもまだよくわからない。そのサタンは、先述のように、ゲッセマネで苦悶しつつ祈るときから出てくる。(そのとき苦悶するイエスの映画でのあり方は、瞑想や祈りにおける苦というのとは何か違った、ゼイゼイハアハアしたもので、これにはどうも違うのじゃないかと納得できなかった。が、それはともかく)そのときにサタンは蛇を地に放つ。その蛇が地に伏しているイエスの体の下にまで入り込む。がその直後、確信をえて気を取り直したイエスが、はっきりした表情で立ち上がるのだが、その際、足元の蛇をドンと踏み潰して?立ち・進むのである。そのとき大音響の効果音が鳴り響く。

そもそも祈りや瞑想のあとにドシンと足を踏みつけるというのは、これもちょっと違うといいたい。ここにもマッチョなギブソンの「短感性」(短慮をもじっていうと)が、ちょっとしたことのようだが、大事なところでよく出ている。そして蛇だが、ここで蛇を出すのは、誘惑とか否定的なものの象徴で、これはそれを退けたという話なのだろう。がそれにしても、蛇をドーンと踏みつぶしたイエスが、なおかつものすごく甘い表情で愛や平和を説くイエスであったということは、ぼくにはどうも納得いかない。「蛇や蝮を踏むほど(大胆だ)」というのは、聖書にもある常套表現だが、それにしても蛇はゲッセマネには出てくるわけではない。それをわざわざここに出してくるのは、ギブソンの脚色である。しかし、そもそも象徴とはいえ、動物をこういう形で踏みつけにする必要はまったく無いのであって、(別に動物愛護をいいたいわけではないが)何だか、まったく理解できない。このあたりは、ジャイナ教はもちろん、仏教でさえ、ありえない感性が顔を出している。この映画の受難物語で、ユダヤ人が損をしているというなら、ユダに同伴した腐った牛?といい、この蛇といい、動物もずいぶん無神経に扱われている。だが、そもそも生贄が生贄を生むという連鎖をこそ、イエスは断ち切ったのであり、それが彼の極限的な受難だったはずではないのか。

というようなわけで、ぼくには、基本的な感性部分でも、受難論としても、腑に落ちない部分の多い映画だった。したがって、この映画の描く「愛」も、結局すんなりとは受け止められなかった。上に書いたような、いろいろな効用や努力があることは認めるのだが、しかし、異常に視野が狭いところから作られている映画だとも思った。はたしてイエスというのは、この映画が描くような血肉迸る受難をした、だからイエスであり、キリストであったのだろうか。そうだろうか。

ソクラテスでも、孔子でも、はっとさせる逆説と目を覚まさせるようなものを持っているが、イエスはまさにそうである。そういうところもこの映画は何も示唆しない。「○○の壁」を感じたといったら言い過ぎだろう。だが、これが作られそれほど流行るというのは、しかし、世界に「壁」があるということである。みんなもうずいぶん自由で気まま勝手なようで、じつは心の余裕がなく、イマジネーションや知の働きがもてなくなっているのかもしれない。それでも、人は生きるし死ぬし、メディアをめぐって大金持も生まれる。しかしそれは落ち着いた気持で覚醒するということとは違っている。そしてイエスも、人間が生き死にすることをめぐって作る「壁」を、重力を脱するときのように苦しんで越えていったのだろう。だから彼はキリストなのだ。はっきりいうとぼく自身には、ゴータマ・シッダルタが見出した「苦」と、イエスの「受難」とがまったくちがうものとは思えない。
  
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2004年04月23日

「虜囚」「迫害」の主体とは

人質やその家族についての日本国内の反応について、この数日少し書いたけれど、また少し考えた。もし読んでいる人がいたら、またかと思って飽き飽きするだろうけれど、ご容赦。

蕩尽伝説氏の議論は、その後また展開があって教えられた。レヴィナスは、「他者の虜になること」のなかから、つまり他者を先立たせ・その捕囚として彷徨うことのなかから、(「存在すること」から出てくる「充実した主体」とはまた「別の仕方」での)主体が見出される、と論じているのだという。(以上のまとめは、伝言ゲームになっているので間違っているかもしれない。)
「存在すること」から出てくるある充実した主体というときに、レヴィナスは、ハイデガーを想定し、さらには、ヨーロッパ伝統の存在論の自同的な自己・実体的な自己みたいなものを考え、その権力作用を批判的にみているのだろう。またそういう存在・主体の方が、じつはまた虜囚なのだみたいな考えもあるかにも思える。

いずれにせよ、このレヴィナスの議論は、ユダヤ・キリスト教的な、ヘブライズム系の存在や価値の専横をひっくりがえす論理があるようで、面白いと同時に、それはそれでまた限界面やトラップがありそうである。蕩尽伝説氏が「ひどく貧乏くさくて自虐的……もっとも、人質・虜囚という問題の立て方はおもしろい」というのも同感できる。このうち、前者(貧乏くさくて自虐的)のところは、たぶんニーチェが(キリスト教についてだが)奴隷道徳だと言った、それにつながるような部分だともいえるかもしれない。

もちろんレヴィナスやレヴィナス主義者は、その限界を指摘されても、「そんな俗論には填らないよ」といって一種の高等論理を準備しているに違いない。が、そうやってひっくり返しの絶対領域みたいなものを設定すればするほど、その領域確保とセットになって、その批判者と、とてつもなく対抗しているようで、じつは奇妙な共犯関係が結果的・歴史的に生まれるような気がする。レヴィナス自身はともかくレヴィナス主義者は、少なく日本では、そうした社会性に盲目なことが多いように思える。それが、彼らが深刻な顔をしながら元気でいられるヒミツであると同時に、その能天気は無惨でもある。それはたぶん、「反対派」を余計に苛立たせるだろう。

いや、そんなことをとくに言いたいわけではなかった。言いたいのは、この存在と非存在、主体と虜囚といった問題にもっと考えてみるべきものがあるということだ。主体と非主体、勝ち誇る者と虐げられる者といったものの関係は、簡単ではない。よく言われることだが、主体は臣従、虐待する者は虐待される(された)者……といったその他いろいろな関係があったり内部転換があったりする。

人質だった人間を悪し様に言いたくなるというのは、いったいどういうことなのだろうか。人質だった者がたとえ高尚でないにしても。。。 このあたり、また論を続ける。

  
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2004年04月20日

「非国民!」続考

最近あらわになった「非国民!」的言論について、「パターナリズムへの恭順が求められる類の国家主義」だと述べた(2004.4.18)。その考えはもちろん今も変わってない──まだ2日だものね。しかし、そういう怒りや脅迫の質について、もう少し考えすすめねばならない点があるな、と思った。

それは何か、すぐうまくいえないのだが、気づいたのは、そういう怒りや脅しまがいの言い方の中には、もちろんマッチョなものもあるだろうが、意外にウェットなものが裏に貼りついているものも多いんだな、ということである。つまり、「心配をかけやがって」といった情動的反応がそこにあって、それが大きくなったときに、裏切りのような感覚を伴って怒りや憎しみや差別に転化していく、そのような類の心がそこにあるような気がする。

その証拠に、まずは人質の生命の行方を心配する・救助するということ自体には案外ジャーナリズムも政府も前提しているところがあった。ところが、その相手がそういう「善意」(!?)に値しない/それが判ってない(連中だ)ということになってくると怒りを倍加し、先のような反応になり、同時にまた恐縮しろ・詫びろというような要求になっているかに思える。以上は時間的な言い方だが、構造的にいうと、もちろんもう最初から敏感にこいつらはけしからん奴だと気づいていた人もいたみたいだが、そういうパーセプションが、次第に表にわっと浮き上がってきたような感じである。

人称論的に別言するならば、ここには(ぼくには)異様といってよいような、二人称的なものの社会空間へのインフレ的投影・増殖があり、それが裏返って、怒号や憎悪になっているような気がする。もちろん、そうだとしても、これは政治学的にいうとパターナリズムということの範疇内のことではある。が、心理的・倫理的にいうと、そういうところがあるのではないか。このあたりの力学というか機制については、さらに考えて行きたい。





  
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2004年04月18日

「非国民!」の再生

人質になった3人、行方不明になった2人、どちらも解放されて戻って来た(来つつある)。そのこと自体はよかった。だが、その事件の過程で、彼らとくに始めの3人に対して、他の人々に迷惑をかけたとして非難して脅迫したり、非国民呼ばわりする人々がものすごくいるのには愕然とした。そのために、家族や本人たちは、まるでお白州に出るかのごとく「公」の前で恭順の意を示させられている。この人たちはこれから当分、頭を下げ続けて生きねばならないだろう。そうしないと、石が飛んで来るような雰囲気だ。

そもそも、ジャーナリストやボランティアが少々の危険地帯に行くのは、大きく咎められるべきことだろうか。そうとも思えない。たしかに、彼らの行状には、軽率さや落ち度がある程度はあるだろう。が、掴まったこと自体は、そもそもアメリカ軍のファルージャ攻撃のせいで突然にそんなことになったのである。それは彼らの予測を大きく超えており、その事態の原因はというと、結局はアメリカ軍にある。その意味では、彼らは、誘拐犯のみならずアメリカという強盗に突然出会ったようなもので、大いに被害者でもあり、軽率さへの非難も少しは減じるべきである。

それに、イラクの問題は、地球上のだれもが関心をもつのは当然のことであり、それを見捨ておけない、見ないではおれないというジャーナリストやボランティアの「意」自体は敬すべきだろう──アメリカのパウエル国務長官でさえそう言っている(その後、これが朝日の意図的誤訳だとか撤回するしないという議論にもなっているらしいが)。しかも、彼らはイラクの人々との間でむしろ信義を醸し出し確認できたという功績もある。彼らがたとえ少々未熟だとしても、イラクのことに関わろうとする市民がいるということは、そもそも国として恥ずべきことではまったくない。イラクに制度や集団によって連れられて行った国民は少なくないだろうが、みずから個人が行った国は多くないだろう。つまりそれは損得づくでも軍事力によってでもなく地球的配慮をする人がいるということである。そういう市民をもつということ自体は人間としても国としても決して悪くない、むしろいいことである。そのような希少な人と意が存在することは、その未熟さを少し問題視できるとしても、自慢できなくても少し誇ることぐらいできるのではないだろうか。実際、日本人とは違ってイラクの人々が彼らにむかついたという話はまったく聞かない。おそらくイラクの人々は彼らに好感をもったのではないか。だからこそ彼らは解放されたのである。したがって、それほど危険でさえなければ、そういう若者は今後どんどんいてもいいほどである。

にもかかわらず、ファルージャの悲劇もイラクの人々のことも、市民的活動や自由な報道の意義も何も思わずに、ただ金がかかった、国の言うことをきかなかった、騒がせた、やめろ従え、といって、彼らを非難できる神経は、よほど料簡がねじくれて小さくなっているのではないだろうか。(読売新聞などは、「金のためにフリージャーナリストが群がっている」などと書いているが、こういうことを安全地帯の定収入取りが得々と言うのは、「ジャーナリスト魂を去勢されて太鼓持ちになっていないか」とみずから振り返ったらどうだろうか。)

「退避勧告を出していたのに行った」「その面倒を見るためにかかった金を払え」ということだが、その「邦人保護」の陣容を──しかもほとんど無益な形で──大仕掛けにしたのは、政府や国内ジャーナリズムであり、それこそ勝手、自己責任というべきである。10億円使ったとも20億円使ったともいうが、そもそもそんなに空騒ぎしなくてもいいのではないだろうか。効率的にやったとも思えない。チャーター機を飛ばす、その金を払えといっていたが、結局飛ばさなかったらしい(──結局アンマンあたりで飛ばした分を60数万円分要求したというニュースにあとで接した。4/22記)。詳細はともかく、政府は自分たちが無益ではなく救済機能があるかの如きを自己証明しようと演じ、またそれをマスコミが余計に煽ったのではないかとぼくには思える。(それと呼応して?か、家族が政府に期待を投げかけ続けた面があったのは、気持は判るとは言え、翻って今度は恐縮し有難がらねばならない理由をみずから作っているところがある)。

政府がふりをし見栄を切ろうとしているその「努力」は、しかし解放に役立つどころかもしかするとそれを遅らせたり逆に働いた可能性さえある。少なくとも相当に空回りしていた。にもかかわらず、それと共に起こった日本の一斉の大騒ぎには、ぼくの感じでは空恐ろしいものが含まれている。かくも軽率・無謀を大非難するということは、別言すれば、軍事力の現実とそれによる国家のパワーを認めろ、その「リアリズム」に服せといっているということである。実際、「今度の事件で政府・自衛隊が頼りになるし、それしかない、ということが判った」という記事があった。だが、果たしてそうか。ぼくの感じはまったく逆だった。

ぼくは一貫して、国家や軍事力がむしろ頼りにならないということが露呈したと感じた。まず3人の解放だけ考えても、国家の働きはむしろ逆説的だった。その側面については、4.13,4.14に書いた。これについては、宗教者協会の働きはわかっているが、日本テレビで通訳として働いていたキデル・ディア氏の動きも奏功したという説もある。いずれにせよ、決定的に働いたのは、国家に服することによる力や安全ではなく、市民として信頼できるということの力だった。彼らの解放は、さらにいえば、イラクの平和が、国家や軍事の論理以上のものでこそ動く部分があることを逆によく証明してくれているのかも知れない。

では、(国家や軍事力は)解放には「頼り」にならなくても、解放後には「頼り」になったか。まったく、そうではなかった。それどころか、解放後、「国家」というものは──機関がそうだとはまだ必ずしもいえないが、かなりの政権担当者や、また国を構成する多くの国民たちが──いかにひどい圧迫をするものかを、このところの《「政府」「国民」相携えながら市民に対して国家への帰順を迫るの図》はぼくに如実に示してくれた。そういう全体主義を「頼りになる」と感じることは、到底ぼくにはできない。危機から保護してくれたかどうかあやしいが、それどころか戻って来た者を非難しさえするのである。そういうものが頼りになるだろうか。ぼくはむしろ不敬を難じられて職を辞し家に籠もらざるを得なかった内村鑑三のことを思い出した。そして、国家を超えたそれ以外のつながりを持っていなければ、これはもう生きていけない世界だなと思った。

(国家というのは、国民の生存保護のために、いつも一生懸命になってくれるものだろうか。それなら助かるとはいえるだろう。けれども、 あのように騒いでもらうことが本当に有効で有り難いことだったのだろうか。その不確かなものをあまりに有難がれと言われるのは、国による生存保護は、権利によってというより、国家への忠誠の度によって適用されるのだぞ、と言われているようである。だとすれば、それは法的にもおかしい。) 

で、公明党の冬柴氏などを始めとして強調された「金を出せ」論だが、勝手に国家のパターナリズムを肥大的に演じておいて、今度はその演技料・迷惑料を出せというのだとすれば、それは、余計に動いてみせた親分に礼料を払わなければならないというような話だ。その親分の子分たちが「親分さんはこんなにお疲れになったのだ、また俺たちの『組の金』を使ったんだ。どうしてくれる」といって凄んでいることになる。無駄なことをしたのに、金を出せ・有り難がれ・詫びろといっているのは、言い換えれば、それが無駄でない価値あることだと認めろと迫っているということである。そして組=国を有難く感じるかどうか、踏み絵を踏め、みかじめ料を出せ、といっているわけである。

こういう論者にとって3人は、そもそもが「お上の言うことを聞かず、その意向に反対したとんでもない輩」であり、そのくせに「お騒がせして親分のお世話になった(またそのとんでもない不埒さゆえにじつは解放されて親分の「顔潰し」さえした)けしからぬ者ども」である。だからこそ、いっそう「恐縮しているかどうか」が問い迫られるのだろう。このあたりの非難の嵐は、ただのコストをめぐるニュートラルな議論だとは思えない。しかも、そういうことを自民党の国家主義者がいうならともかく、公明党がいうのは、そのエートスをやはり露呈していてびっくりした。

それにしても気色の悪い社会になってきたものだ。戦前戦中の「非国民」というごとき、国家主義とこれに帰順する論理が大手を振るようになったのだから──。先に書いたように(4.13)、地球上では「国民であること」と「市民であること」の差異が露呈している。しかし、だからこそ、「国民である」という方向に人間と事柄を回収すべきだとする衝動がこうして世に大きく昂ぶってもきたわけである。が、ぼくは、それが将来を見出せる道だとはとうてい思えない。むしろ破滅的な自閉の道だと思う。国家の範疇に帰順しないといって人に石を投げるようなことでは、そんな「国民」自体ダメである。それこそ「テロ」である。そうではなく、市民的な活力や視野があってこそ、国民も健全なものになれるはずである。

本当にイラクの「人道支援」をしようという政府なら、せめてこう言ってほしい。──たしかに危なかしかったしコストも少々かかった。けれども、そういう市民やジャーナリズム自体はあってよろしい。たしかにこれらの人たちは、政府とはやり方は違うし、結果的に難が生じた。しかし彼らもイラク民の人道支援者・友好者であろうとしたのだ。今回問題が生じた点については、確かに時期や危険の弁えをしてもらねばやはり困る。しかし、政府は、そもそもそういう市民や報道の活動があること自体を否定するものでは全くない。むしろそれは今後必要になるだろう。ただ、注意と配慮をすべきである。そしてやり方をよく学習し、今後も活動するならば、いっそう真に効果的にやってもらいたい。するとそれは他地域の人々から信頼され、君たちだけでなく、国民の名誉も高めてくれるだろう。

というぐらいのことは政府・国民は言えないのだろうか。そう言うのであれば、自衛隊派遣をした・しないにかかわらず、その政府の「人道支援」の真意は少なくとも信ずることができ、その政治的寛容をぼくは誇りとすることができる。やり方や意見が違っても、やはり我が国は「人道国家」であり、国民にも「道がある」と考えることができ、意見の違いはただ戦略的なものなのだと考えることができるかもしれない。だが、どうもそうでないのは残念至極である。結局、「パターナリズムに応じて恭順が求められるような類の国家主義」が露わになっているらしい。けれども、そうでない道を充実しきたえることの方が、日本をふくむ諸国民のためにもなるはずである。

  
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2004年04月14日

「テロリスト」と「反発する現地民」の差

人質事件をめぐって、先の記事で、「テロ」という言葉を書いたけれど、しかし、ちゃんと見るならば、人質事件の「犯人」(武装組織)を、従来型の「テロリスト」と同様視しては、ことを見間違ってしまう。もっと見極めるべきだ。人質事件の「犯人」像について、間に立つ聖職者たちは、何度も彼らはファルージャの普通民だ、と言っている。つまり、いわゆるアルカイダ系等の「確信犯」や旧フセイン残党ではなく、これまで動いていなかった現地人で、それがあのように動いたのだと言える。

彼らは、アメリカ統治に(反感は持っていたかもしれないが必ずしも)動いていなかったのだろう。が、おそらくはファルージャのアメリカ攻撃を機に、これはひどい、たまらん、という危機感・破滅感とともに意を決して行動、外国人誘拐を梃子にアメリカおよび同盟国に抵抗しようとしたのだろう。それが、諸外国人を巻き込む行動になっている。だから、背後には、ファルージャを代表とするアメリカの市民虐殺等があり、これに対する現地民の反発、それを阻止したい気持があるはずだと思われる。そこになおもいろんな利害も絡み、それに伴う動きもあるもあるのだろうが──。しかしいずれにせよ、その動きを発動しているものは、アメリカの統治軍の行動であり、それに対する反発である。それが「盾に取る」行動に出させている。それをただ「テロ」と決めつけることはできない。

小泉首相は、人質事件に対して「テロに屈しない」と言った。また日本の一般の論調でも、ただ治安悪化とか、テロリスト跋扈とかいったに近い言い方が多い。が、それでは、彼らの実情の芯の部分にあるだろうものが見えなくなってしまう。「従来型のテロリスト」と「アメリカの攻撃という危機を背景に動き出したイラク民」とはゴッチャにはできない。だからこそ、その「テロリスト」呼ばわりが、むしろ怒りを生んで彼らに3人の解放を止めさせてしまったという説(聖職者談)もある(バクダット4月14日・共同通信)。

人質事件を起こしたのはイラク現地民のアメリカへの憤激であった。そうであるがゆえに、最初は、人質がアメリカと無関係であることを示すことで、解放されるチャンスがちょっとあった。しかし、今やそのタイミングは過ぎている。人質はアメリカと彼らとの関係にもう組み込まれてしまっている。とすれば、いまや事件は、根本的には、アメリカが攻撃など乱暴をやめて、少なくとも犯人=抵抗民たちが「アメリカも俺たちへの破壊・損害ばかりしているのではない」と思えるようにならない限り解決がないように思える。犯人=抵抗民たちがこういう盾に取るような行動を取らない済むような状況が現れることが必要になる。

アメリカ自身が自制しないなら、本当なら少なくとも日本政府はチェイニーに「あんたらが暴れるからこんなことになるんじゃないか、やめてくれ・無茶をするな」というべきである。けれども、たぶん「救助してくれ・情報教えてくれ」ぐらいしか言えてないだろう。ならば、市民的なチャンネルでアメリカを自制させられないものだろうか。public citizenにとって何が可能なのか考えさせられる。もちろん政権が変わるならば、一番確実な解決の道だろうが。

  
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2004年04月13日

「国民である」ことと「市民である」ことの差

政府というのは、理屈上では、「市民」が自分たち個々の営みでは為しきれないことを委託する機関であって、そのことで、市民は「国民」になるわけである。「個々の営みでは為しきれないこと」とは、大きな意味での安全の保障や衆知・専門知の結集や公共的な制度・諸政策の運営・施行等である。

つまり、国民であるから国家が守ってくれる、国家に属し国民であるとより安全、という局面がある(はず)なわけである。ところが、そうとはいえない局面もある。つまり、国家に属し国民であるから、余計に危険、ということもある。その最たる例が、国家が絡む戦争の場合である。たとえば、近代の日本で、戦争を日本国家が始めなければ、多くの外国人はもちろんだが、日本人もたくさん死ななくて済んだはずである。戦争をしなかった場合の安全と戦争をした場合の安全とを比べれば、その答えは明らかだ。

現在の「テロ」戦争についても、同様の事態が起こっている。たしかに、「テロ」に対して、国が守ってくれる部分はある。しかし、国に属するからこそ「テロ」等に巻き込まれる部分も大ありである。

時事に属するが、三人のイラクに入ったジャーナリストやボランティアが人質になった。彼らが、日本国内にいてイラク地域に入るなという勧告に従っていれば安全だったことは確かだ。けれども、彼らが人質になったのは、日本国民だったからである。
ところが、「彼らは日本政府の味方ではなく、ただの市民であり、さらにはイラクの友好者なのだ」という情報が犯人側に伝わったら、彼らは24時間以内に釈放されることになった。

にもかかわらず、彼らはまた釈放されず、そのままになった。おそらく、日本政府が動き、アメリカに解決を頼んだりしていることが犯人か周囲のイラク側当事者に見えたからではないか。人質は、イラクのある部分の人々にとって、ファルージャなどのアメリカ攻撃を抑止や停戦を有利に導くための取引材料に使われることになったのかもしれない。そうでなければ、同時に、他の外国人が12人以上解放されたこととの差が説明できない。

以上のように考えていたが、他の解放された外国人と解放されない日本人3人との13日時点での差には、捕まえた人々や捕まった場所の差もあるかもしれない。また、3人が解放されないのは、「ファルージャの治安状態・アメリカの検問等のせい」という情報もその後あった。そうかもしれない。が、そうであるにしてもともかく、ここでは明らかに、日本政府だけでもそうだが、ましてアメリカ政府に絡んだら、そのおかげでいっそう、安全が遠のく、という事態が生まれている。

要するに、《国民である方が市民であるより不信を生み危険》 =《市民である方が国民であるより信頼が生まれ安全》という事態が生まれてきている。このような事態は20世紀の経験にもすでにあったことだが、この命題は、国家に帰属するほかはなかった当時はあまり気づかれなかった。ほとんどの人々にとって国家に帰属することは当然であってそれ以外の選択肢はあり得なかった。せいぜい、一部の人士が、問題はその帰属する国家の種類如何だと考えたが、少なくとも日本では多くの人はそうとさえ思い至らず、国家を運命のように考えた人が多かった──。

戦後には「敗戦国家だから」よくない、さらに「全体主義国家ならば」「資本主義国家だから」よくない、などといった考えがだいぶ生まれたと思う。それは確かにそう言える面はあるだろう。ただ、それなら、「戦勝国家なら」「『民主主義国家』なら」大丈夫なのか。そう簡単にもいえない。この点は、現在21世紀始め、アメリカの突出とともに、より明らかに見え始めた。それなら、さらにもっと別の国家ならOKなのか。いや、そうではなく、ここには、もっぱら国家という形態に解決探しをすることの限界が露呈してきているのではないか。

明かに、国家という機能自体が相対化され始めている。言い換えれば、市民であることの信頼と安全というものの意義があらためて現れ始めている。それをさらに強め裏打ちすることが必要である。国家探しをするのではなく、市民的なものの厚みを増し、そのなかから、国家を他の諸団体とともに再定義することが重要である。

  
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2004年04月10日

人称的想像力の復権

 「人称」(person)という言葉にはじめて出会うのは、たいてい外国語を学ぶときである。対象を指すことばについて「ひと」を中心にして分けて数え上げ、一・二・三人称、またその単・複数などという。だが、そうした言(ことば)のあり方の背後には、そう捉えられる物(もの)や事(こと)がある。それは人称のいわば社会的・倫理的側面だといえる。その側面も考え入れていくと、人称は、たんに言語使用においてだけでなく、まさに人間を種々に捉え・これと向き合う際のカテゴリーであり、ひとがひと・ものと出会い世界を体験する位相となり結節点となっていることがわかる。

 鈴木孝夫氏は、一・二・三人称をそれぞれ自称・対称・他称というべきだとしている(『ことばと社会』岩波新書)。この自・対・他という言い方は、personの「立ち現れ方」を如実に示すという意味ではすぐれている。だが、いずれ、personはこの三つに限らない様々な現れ方・消え方をするのだし、person自身が相となって転じてそこから別の世界が開閉・生滅したりさえする。人の生活の意味や認知・実践は複雑な生成であり、それは「ひとがひと・ものに出会うかたち」としての人称に大きく掛かっている。

 簡単な例を考えてみよう。ひとは、誰かに真面目に接し、その人との間で内容のある言葉をちゃんと聞こう・言おうとするとき、「かれ」との関係を、いろんな媒介をへるにしてもより「直接に」しようとする。つまり「あなた」との関係で行おうとする。しかも、興味ぶかいことに、だからといってただ相手と一体になってしまうのでは「ない」ようにすることも多い。そうしたことのため、「(面と)向き合う」か、飲食をするかしないかなど、行為・ふるまいのあり方を選ぶ。これは明らかに、三人称だったひとを二人称──私・汝──関係にもたらそうと意志し、と同時に、自他を同化してはしまわない仕方をも考えているのだといえる。

 その逆の方向も想定できる。それがどうでもいいか・他に多大なことがあるなら、「かれ」をあえて「あなた」にしようとはしないか・またはできない。そしてそのことが重なれば「かれ」は「わたし」から離れて過去のあるいは遠い「距離をもったもの」になるだろう。それは二人称が三人称になる、あるいは無人称になることだともいえよう。たとえば、多くのひとが年末年始にたくさん年賀状を交わす。それは、そのような三・無人称化の方向に「ならない」ために、逆に「互いの二人称化」をはかっているのだとはいえまいか。

 その三・無人称化の方向は、もっと推し進めていくとどうなるだろうか。そう「なってしまう」ならば、おそらく、生き生きとした時空が失われ、ひとはいわば物化した世界に至るのではないか。では、二人称化の方向はどうか。これについても、たとえば深すぎる・または頻繁すぎる交誼が桎梏になることからもわかるように、ひとはそこに「とりこまれてしまう」ことがあり、それが反転、近接が反発を愛が憎を生む、といったこともある。その正負の陥穽に巻き込まれないような冷静さ・公平さは、三人称化によってもたらされるのだと考えられる。かくて二人称にも三人称にも、ひとの生のかたちの、それなりの産出性と限界とがあるのだろう。(一人称についても同じく考えられるが、複雑になるのでいまは省く)。

 いま三・無人称化で顕著に出てきた「物(化)」は、これをめぐって倫理問題が分節する。たとえば、わたしが誰かとひととしてまともに向き合いたいにもかかわらず、その人が自分を、(1)モノ・カネだけを介して接するものとして扱ったらどうか。それどころか自分を、(2)物=「それ」のように(たとえば「虫けら」のように、あるいは「路傍の石」のように)見たり扱ったりしたらどうか。これらでは、二人称として認められたい自己が、三人称ないし無人称さらには非人称として扱われているのだといえる──いま「非人称」とは(文法的には問題があろうが)元来人称的であるものの人称性が否定されたモードだと考えておく──。とはいえ、(1)の局面(物件としてのひと)自体がいけないのではない。経済や生命の活動において(1)の充足は重要であり、その条件すら欠くならば、そのひとはもう(2)の非人称化を生じたことになる。その回避と充足の実現はまず第一の倫理問題である(必要条件問題)。だが、その(1)を越えてひとはさらに、より人称性を充実した「人間的な」次元を作ろうとしているのだ、ということができる。これは第二の倫理問題になる(十分条件問題)。

 倫理的な判断・感情や関係の形成にはこうして諸種の人称の現れや消滅が関わっている。そのことを古来の思想はよくとらえていた。右にふれたように、ひとは自己中心的になると、他人のことをつい「物扱い」してしまいがちだが、それを「人扱い」すべきだと聖賢たちは説く。孔子は「終身これを行うべき者」として「恕」=「己の欲せざる所は人に施すこと勿れ」をあげたという(衛霊公)。イエスは「己の〔人より〕欲するところを人に施せ」と語ったという(マタイ7:12)。これら道徳的行為の黄金律とされるものは、いわば《人称性を侵害しないように/実現するように行為せよ》と述べるものだといえる。同様の論理は、カントの定言命法にも含まれている。
 
 人称の生成をめぐって興味深いのは、やはり無・非人称化されがちなものが三ないし二人称として立ち現れる場合である。たとえば、孟子は、井戸に落ちそうな幼児を見るとひとははっと胸が衝かれて救おうとする、それは子の親と仲良くしたためでも郷党から誉められたいためでもない、と述べている(公孫丑上)。イエスは、盗賊に半殺しにされて倒れていた旅人を、立派な聖職者や学者は見て見ぬふりをしたが、サマリア人は手当てし宿につれていって看病させた、という喩話をあげ、その強盗に襲われた人にとって「誰が隣人か」と問うている(ルカ10:25-37)。

 どちらも、通常の利害や共同体的な習慣や権威名声とはちがう、むしろそこから見捨てられたところに二人称を見出す、あるいは二人称的な営みを内閉することなく三人称的な存在者に及ぼす、そこに惻隠の心(仁)や愛があると説いているのだといえる。先の黄金律の場合と同様、その方向づけは、儒教では消極的ないし生成維持的、キリスト教では積極的ないし革新的だというニュアンスの差があるようだ。しかし両者とも、たんに私的利害や公的権威名声に固着せずそれを突破するところに、人称的関係の生成を開こうとしている点は軌を一にしている。

 人称をめぐるこうした思考や実践の成立は、「聖賢が言ったから」「学術の権威によって」「特別の悟りによって」初めて可能になるといったものではない。右のたとえの卑近さにもわかるように、人称的な想像力や行為は、いわば言葉の原義における「常識」「良識」として生活世界のうちに働くのであり、またそうして継承されて来たにちがいない。これを「仁」「愛」「おもいやり」「ケア」あるいはそのほか何というにせよ、それらは通常の人々の人間知や知恵・ふるまいにこそ育まれているのだろう。聖賢の言は、それをあらためて「目醒ませ」「及ぼす」ことを説いているに過ぎない。

 この誰もが知る人称の背後には、しかも、ひとの生死する領域がふかく隠れている。人称(person)すなわちペルソナは、歴史的には、文字どおり人格であり超越者・根源者の位格とも捉えられてきた。言語的にも、人称詞に親族名称や方向指示詞が用いられることがよくあるように、人称は、元来は父・母・子であったり友であったり、神・仏であったりし、またコ・ソ・アでもありうる。つまり、人称の背後には社会関係、世界との関係が多様に広がっている。そしてその大きな広がりのなかから、ひとは人称的世界を生死しつつ作り出しまた継承してきたのである。その際、人称が視点と世界の転換に関わることも当然重要である。それらは意識あるだれもが知ることである。にもかかわらず、それを平板な学問や知識はほとんど理解しない。人称をめぐっては、ひとびとの生活世界のうちに働く意識やその表現としての文学の方がよほど敏感だったのではないだろうか。

 以上では一人称の問題をあまり述べなかったが、これだけでもわかるように、人称には様々な働きがありまたそれぞれの生成や陥穽がある。人称をめぐる想像力が求められるゆえんである。けれども、人称をめぐるのびのびとした思考や実践は亡失させられることがある。なぜだろうか。それを考えるには、様々な人称の論理からだけでなく、そこに加わて見るべきものがある。孟子にとって、幼児を見つける心を忘却するのは、たぶん戦国の世における利害争奪の心・ふるまいだった。またルカ伝で、旅人を見捨てさせるのは、共同体や律法と結び付いた権威の自己保存的なちからだった。一般化するなら、「ひと」を見させなくするのは、個人や集団のエゴイズムや権威主義だといえようか。だが、現代においては、それらはきわめて媒介的なあり方をしている。

 現在の社会システムや客観的な知識・技術は、世に受肉している「人称としての者」(自己)を極度に単純化しただ論理的な実体か機能かのように捉える。その作業は、世界をある界面に投射するためには妥当性もある。が、そこに作られたものは、それ自体ひとの人称的努力による、特定面に厳密だがきわめて限定的・抽象的な世界図式である。それを、通常の「ひとが生きる具体的な世界」における認知や実践と単純に重ねてしまうなら、それは問題である。それは、生活世界において人々が培って来た、ひとをひととして扱う感覚・知恵やわざはもちろん、そもそも人と人とが向き合い・やり取りしつつ生きているという事実自体を忘れさせ、ときにはそれらを抑圧することになるからである。そこからは、むしろ無意識の形で、種々の人称の陥穽から起こる統御できない暴力が噴出することもありうる。

 とはいえ、人称を忘却した現代の学知や制度のシーンにも、その回復の兆しはある。法・倫理・医などとくに人間と接点のある局面で、「ひとを組み込んだ」パラダイムへの変換が起こっているようだ──物語(narrative)論のアプローチはそのひとつだろう。生態学や環境論についても同様である。また、人称の忘却と失調をもたらす現代のシステム自体が、他面で、遠きにあるひとの現場や肉体を近くに媒介し、内にあるものと外のそれとをつなぐ働きを大いにもっていることも重要である。
 
 このようなグローカルな可能性を、システムの自己目的のためではなく、人間のもの・エコロジカルなものに転換するという課題を、哲学はもつのではないか。その仕事は、外に物化した「公」と内に閉じた「私」の間に、人称的な想像力の領域を開くことだとも言える。「ひとを知る」ことは、古来から知恵の始まりだと考えられた。そのことは現代でも、いな、現代だからこそ、いっそう重要だといえる。

  
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