2004年09月30日

活物・死物と生活世界

江戸時代の人はよく「活物」か「死物」か、ということをよく言う。一見、哲学的でもない語のようだが、伊藤仁斎は、倫理的問題の根底がそこに掛かっていることを的確に指摘している。と同時に彼は、活物かどうかと無関係に知や理によって規範提示することが、じつは「生きた」物事を捉え損なったり、そうした態度の専横は暴力や虚無に至るとさえ考えていた。──こうした感じ方は、いまでもちょっと敏感な庶民は知恵としてわかっていることだが、残念ながら、そうした生命感覚に根ざしたコモンセンスのようなものが最近は崩壊してきたみたいだ。

西洋哲学の「生活世界」という概念には、ぼくも昔、フッサールやアルフレート・シュッツが言っていることなどにふれたことがある。しかし彼らの用法を詳しくは調べなかった。が、最近聞いた専門家の話では、多くの場合、この概念は、基本的に「倫理性をもたない」概念なのだそうだ。ハーバーマスも言及はしているがちゃんと扱ってない、という。そう聞いて、ぼくはじつは内心、喫驚した──生活世界に倫理性を基礎付けなくて、どこに基礎づけるのか、と。だが、考えてみると、それはもうそういう牧歌的な?世界がもう無い、ということなのだ。

その昔、吉本隆明が「大衆の原像」ということを言ったことがあるし、左翼学生は「大衆」「民衆」といわれると切り札、ジョーカーを出されたような気がしたものである。しかし、大衆とか民衆とかいえばいい、というもんじゃないことが、判ってくる。大衆・民衆といったって信頼おけずひどいもんだ、ということが増えてくるから。それと同様に、「生活世界」も位置を失ってくるのだろう。このような変化は、現代もそれなりに感じるものだが、それは仁斎に対して徂徠が、また昔だと、孟子に対して荀子が感じたものにつながっている。ホッブズやロックが混乱や専制を克服しようとして「契約」とか一種の人為的な構成態を持ち出すのもその点に関わっている。

とはいえ、それは、生活世界が、構造的に壊れている、あるいは疎外されているのであって、それを生の基礎に「求める」ことも出来ないということとは違う。それは「求める」ことはできるのではないか。たとえば、動物や植物を育てるときにも、ある環境設定をして、そこから、生の持続可能性を展開していく。動物の場合は、そうした環境を自ら設定しようとする。それと同様に、ひとにとっての生活世界は求められており、求めうるのではないか。

活物といえば、荻生徂徠は、上の仁斎的な意味だけでなく、「世界の複雑な生成」というような意味でもっと使っている。そこから、物事の生・複雑性を踏まえての、いわば戦略的思考や方策──それを彼は「わざ」「術」などと言っているが──を展開している。この点もきわめて重要なものを含んでいる。どうも現代でも、生活世界の崩壊とセットになってか、機敏で柔軟な思考・対応のようなものも(それは想像力と関係するわけだが)、だんだん人が出来なくなっているように思える。むかしはそういう「実践人」ともいうべきひと(徂徠のいう「巧者」)がどこにもいたに違いないが、最近は、企業等の金儲けの世界以外には、そういう実践性は無くなってしまったみたいだ。ということは、そういう実践性の行く先に目的が無い、ということである。(金儲け・地位・利権といったものへの一見巧緻の限りを尽くしたしかし結局は直接的で駆り立てられた追求以外に)大きな方位・戦略が無いわけである。つまりは、生きている目的がない。生活が持続したり交代したりするとしても、そもそもその道筋が無いのだ。

むかしの人(アリストテレス)は、幸福とはよき生であり、よき生には、名利はある程度必要だが、しかしその究極のものたりえない、と述べている。では究極は、というと、彼は観想(イデアの瞑想)を挙げる。それはそうだろうと思うが、それを生活世界のプロセスと切り離して、階層化して考えているごとくであるのは、まちがっていると思う。これがいわゆるロゴス中心主義の所以なのだ。何らかのイデアが見られるとしても、しかし、倫理や美は、生から立ち上がってまた生を目指すという一種の回帰的構造をもたざるを得ないように思う。それを──つまり生を生へと──もたらす「わざ」が元来は「知」であり「行」であるのだろう。外部に対象化されたものは、「死物」になっている。死物も痕跡も重要だが、にもかかわらず、生きて知ったり感じたり振る舞ったりするのは、活物としてそうしているのだからだ。
  
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2004年09月27日

「戦争と平和」論再考

現在の「戦争」をめぐっての、思潮の動きを受け止めているうちに気づいてきたことがある。それは、現在働いている国際間の権力や軍事の対立・紛争をめぐる議論の従来からの枠組は、結局は、欧米の近現代政治の中で成り立ってきた「戦争及び平和」論の地平/延長のうちにある。そして、それは東洋流にいうならば「覇道」論だ、ということである。

その「戦争及び平和」論は、「政治は戦争の継続」だとまではしないととしても、(とくに国などの外・相互においては)「戦争はある・する傾向のもの」ということが前提になっている。だからその「平和」というのも、要するにそれを前提にした戦争停止・抑止論を意味している(──ただし、その議論の地平には「裾野」ないし「延長」がありうるが、その局面についてはいまは措く)。むろんこれに対して、トルストイを挙げずとも、理想主義的な平和論・非戦論もいろいろある。が、それにしても、多くのリアリズムを標榜する政治論や戦争・平和論は、まずはだいたい「放っておけば戦いになるのが関係というもの」といった枠組を議論の前提においている。要するにある個体(集団を含む)の外部に危機やハザード状態を基本的に想定し、その〈付き合い〉ならぬ〈噛み付き合い〉から議論を立てているわけである(──カントの永久平和論でもそういうところがあるのではないだろうか。要検討)

これに対して、「平時をまず前提にする」立論もある。孔子は有名な「怪力乱神は語らず」の語を残している。彼は春秋時代のもう相当に無秩序な世界を動き回ったが、何度か難に遭ったときも、「天が文を滅ぼそうとしない限り、相手は自分を殺すことなど出来ない」と言っている。天は文化的秩序を守るはずだ、と考えているわけである。これがたぶんのちの「王道」論になる。おそらくそういう伝統をさらに推し進めて、孟子は、いろんな覇王たちに「王道」を高唱している。仁義の徳・道を守りそれを充実することが、軍備と専制による内外の支配堅めよりは、よほど価値的にいいばかりか、実際に天下に王たるべきためにも有効なのだ、と孟子はいう。孟子は、孔子よりはるかに甚だしい戦国時代の戦争とパワーポリティクスの世界に、その王道を説くのだから、彼の言説は観念的に聞こえる。

ただし、孟子は「天」のサンクション(応報)を説いて、その論の有効性を主張している。この点は見過ごすことができない。よく批判されるが、孟子の議論は、あくまでも「王」=為政者のための議論であって、民本主義ではあっても、民主主義ではない。が、今いったその「天」/「民心」のサンクションが「革命」に結びつくことになっているから、大きな意味では、政権交代の問題も、そこに含意されていると見ることができる。王道論を支えるものとしての、天/民心は大きい。つまり、政権交代であれ、個々の戦略上のプロセスであれ、結局は、天/民心が最終的な帰趨を握っている。そしてそれは徳をサンクションする──徳治・礼治を保全すべく動き、その動きは信頼できるものだ、というのが、孟子の立場である(この時の孟子の眼には、民は究極的には無辜の民であって、ずうずうしい大衆などではなかった)。そして、東洋(日本)思想史では、表立っては、この王道論、すなわち天/民心は結局徳治・礼治を保全すべく動くのであり、道はその恒常性に根ざすべきだ、という考えが、政治思想の伝統になって流れていく(*)。

(*)なお、日本では、孟子の道徳論はだいたい容れるが、革命論は(つまりそれが位を根から交替させてしまうところは〔とくに皇統について〕)容れない、という国学流の議論も出てくる。これは一種の伝統主義・保守主義に立つのであって、それゆえに安危に関わる部分をタブー化したのだ、と考えられる。それは、究極的なところで戦争論を排除しているのだともいえる。この「戦い排除」の保守主義は、日本の島国的環境とも共同体性とも絡んで、問題も大きい。一番の問題は、(次段落以下に述べることにも関係するが)「内だけ・ここだけ平和、外や後のことは知らない」ということに陥りがちな点である。ただし、それはネオコン流の攻撃論ではない。その意味ではいまや長所もある。国学イデオロギーみたいになれば問題だが、そうでなければ、生活保守、文化保全主義ぐらいに落ち着く。いまの自民党にはそういう懐かしい?保守派は(野中・後藤田・古賀・亀井などに尾骶骨を残しているだけで)もうあまりいないようだ。

そうした孟子の議論を、とんでもない空想論と見るか(長尾龍一氏『古代中国思想ノート』)、それともそれは観念的にとどまらず本当に現実にも有効な議論だとみるか、は問題として検討すべきである。また、それが仮りに通用するとしても、その底流や現実のうちに何らかの「覇道」が伴ったのではないかということも考える必要がある。つまり、「王道ないし徳治・礼治論」が通用することの、「結果や範囲をも含めた効用の正負」も、よく考える必要がある。というのは、王道論流の「軍事や刑政にではなく、徳・礼による」という考えが、掲げられることで、むろん、平和構築にプラスになることも大いにあるだろう。早い話、論理的にいっても、「その〔王道論流の〕考えの人が皆」であれば、戦争など皆無になることは、明白である。とはいえ、現実には、そうはいかず、悪や戦いがあるわけである──結果において、あるいはある範囲をとれば──。

だとすると、そういう要素・次元があるにもかかわらず、ただ平和論を空想的に説くことは、戦略的思考を欠いた主観主義に結果し、それどころか、悪や戦いを防止できずに引き込むことになる可能性もあるだろう。また、王道論風のよき倫理的装置・時空の想定が、かえって、裏面にアナーキーな暴力を貼り付かせて構造的なセットになっていることもありうる。たとえば、日本の「戦後の平和」は国内的にはその繁栄の裏面に相当に制度的な抑圧や破壊を伴っていたし、周囲の国外・同時代における戦争の代償として成り立っていた。また、近代のヨーロッパにおける民主主義や国際的な公法秩序は、大きくいえば、暴力をヨーロッパ外に転化することで成り立っていた(──それらの「内部状態」がよくないというわけではないが)。現代という時代は、そうした構造的な「仕切り」が取れたことにより、暴力が噴出して来ているのだ。

では、そうだから、覇道によればいいか、というと、そうともいえない。というのは、王道論が、裏面ないし他面に暴力を隠していかねないのに対して、覇道論は覇道論で、いわば、悪夢に入ったがごとく、それだけでは悪循環を起こし、そこから抜けられない可能性が大いにあるからだ。たとえば、天木直人は、現在のアメリカの戦略と、これに加担する日本の策を批判して次のような趣旨の議論を展開している(同氏「メディア裏読み」2004/9/26)。

米国の「テロとの戦い」に巻き込まれる形で日本の安全が脅かされつつある。加えて、「日本近辺における有事」もある。これら(とくに後者)に対して、《軍事的な脅威だけに着目すれば、安全を確保するには米国の軍事力に頼るほかはない。憲法を改正し米軍との軍事同盟を強化することによって北朝鮮や中国からの軍事的脅威に対抗する》というのが政府、官僚、御用学者、財界の主張である。これは一見すれば問答無用の意見のように見える。しかし少しでも冷静に考えれば、この考えこそますます日本の立場を危うくすることになることに気づくはずだ。〔要約〕

このように天木は述べ、(1)戦略的にも、莫大な経費を投じて迎撃ミサイルシステムを作ったとしても完璧な防衛にはならないこと、(2)そのような軍事費を支出することはできないし無理であること〔民生を破壊するがゆえに〕、〔こうして自分たちにとって(1)軍事的不全、(2)民生的破壊であるのみならず〕、さらに対他的に、(3)対決姿勢を強めれば強めるほどそれが相手国への脅威となって相手国を刺激する、かくして軍事競争がエスカレートしていくだろうこと、を指摘している〔要約〕。いわば、覇道にただ与することは、それ自体直接的にも有効でないばかりか、自身の「健康」を持たなくさせるし、相手との関係においても、敵対の悪循環に陥る、というわけである。

そのあとで天木氏は、土山實男著「安全保障の国際政治学」(有斐閣)の書評(坂元一哉)を引いている。この土山の本はぼくはまだ読んでいない。が、坂元一哉は、土山の言を引きながらこう述べている──「……安全保障は人間の幸せにどこか似ている……。貧しくても幸せな人がいるように、安全の十分な備えがなくても安心している国がある。逆に豊かなのに幸せになれない人がいるように、十分な備えがあっても、何かに怯えている国がある……今の米国を見ていると、強者であるがゆえにその優位な立場を失う事の不安に怯え、軍事力で敵をねじ伏せようとするあまり抵抗者の反撃に怯えなければならないという自己矛盾に撞着しているようだ」と。そのような「自己矛盾」は、《安全保障のパラドクス》といわれ、「プロスペクト理論」(何かを失うことの恐れが意思決定に与える影響を論じる)の応用から出てくるのだそうだ。もうひとつ、《安全保障のジレンマ》が言及されているが、これは、天木のいう、(3)〔=対抗や憎悪の連鎖〕のことである。
要するに、覇道論は、「敵」を正面に立ててこれと戦おうとする訳であるが、それは、自身を〈恐れ〉に向けて追い込んでいくと共に、相手との関係相互においてもそうだ、ということである。このことが起こす「失調」は、心理的のみならず、経済的・軍事的、そして何より生活世界的に、いろんな面でいえるだろう。

してみると、まとめると、こういうことになろうか。すなわち、善悪・生殺の相混じる現実というものに対して、単純な王道論は、「敵」を立てまいとする「善の悪循環」から来る、事態の隠蔽/欺瞞をはらみ、結果無責任を生んでしまう。しかし、単なる覇道論も、「敵」を正面立てる「悪の悪循環」からくるジレンマ/パラドクスに至り、やはり結果無責任を引き起こす──と。だとすると、望ましい道筋は、「覇道をも想定しつつ、しかし、王道を理念として堅持して」、前者を後者へと持っていく「プラスのスパイラル」(これは上の「善の悪循環」とはちがう)を構成すること、それが戦争と平和の課題だ、ということになる。それが(戦争と平和をめぐる)戦略的思考というものなのだろう──抽象的な言い方ではあるが──。

もう少し具体的な倫理として言えば、たしかに生起した悪や暴力に対して、抵抗はもちろん対抗と威嚇が必要なときはあるだろう。そこでは、〈道徳の黄金律〉の「裏」すなわち「自己のしてほしくないことを、相手にせよ」「自己がしてほしいことを相手にするな」が正しいこともある。しかし、それがありうるとしても、イラク作戦名のごとき"Shock and Awe"(衝撃と恐怖)によるだけでは決して「治」や「幸福」はもたらせない。プラスの局面になると、先の〈黄金律〉は「表」になり、「自己のしてほしくないことを、相手にするな」「自己がしてほしいことを相手にせよ」が正しい解になってくるし、またその回路が必須である。関係の平和や幸福は、小さな信頼や贈与により、互いを成り立せることによって構築していくものである。前者(ウラの黄金律)があるとしても、それは結局、後者(オモテの黄金律)をあくまでも基本とし必ずこれにつながるものでなければならない。それが従来から、東洋で、「武」が「矛と止む」と訓じられ、孫子でさえ、壊滅ではなく仁を目的として掲げる所以である。だから、「戦争と平和」論も、戦いの連鎖はもちろん止めねばならないし、のみならず、ただ勝利や停止だけでもなく、そうした平和構築のプロセスを組み込んで、構成されねばならない。むろん政策論としてはいろいろ議論があるだろうが、思想的な問題としては、そういうことになる。

現在、日本では、戦後日本の王道論が欺瞞性をもちまた無効であろうといって、覇道論に転轍しようとする議論が多くなっている。しかし、それがまた修羅道につながることにも、自覚的でなければならない。天木は、「戦後生まれ変わった日本という国は、米国のような覇権国とは国の理念が根本的に異なる国なのだ」と述べているが、ぼくもこれに賛成だ。自衛隊が「自衛」隊であることを──つまり前回〔9.16〕的にいうと「コヨリ」で刀を結んであることを──束縛というよりむしろ奇貨として誇るべきである(自衛隊自身にとっても)。墨子的に考えれば、「自衛」隊は、「軍」ではないものでありえ、また実際、「従来型の軍」ではないものにすることができる。「普通の国」であることは、日本の道でも使命でもない。まして、覇権の一翼を担おうとするのは、誤っている(*)。戦後の一国平和主義の無責任性(上の「善の悪循環」)に対する反省は重要だが、しかし、その道は、翻って覇道に至るのではなく、結局、覇道を見据えながらその中にあってどこまでも王道をめざすものでなければならない。そして、さらに個人的な感をいうと、吉田満の「戦艦大和ノ最期」を読んだ者としては、そこに「大和」の逆説的な使命が、また古代道教や儒教・神道にも由来するその概念が、生かされるべきではないかと、そうした事柄の行方にも関心をもたざるを得ない。

(*)アメリカに寄り添って、それで国連常任理事国になろうというが、そんなことは、望ましくもない。たとえ望ましかろうと、それは現実にも「絶対にあり得ない」ことである。だれがアメリカの票をさらにもう一票増やしたいだろうか。
  
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2004年09月16日

軍事は専守防衛・国境まで、民生活動は積極的に海外へ

民主党の岡田代表(以下、岡田)の発言をきっかけに、8月3日の項で、「貢献」は武力行使でするのか非武力でするのか、という問いを考え始めた。ただ、見ればおわかりのように、例のごとく話がくどくなってしまって、言いたいことまでなかなか行き着かない。そうこうしているうちに、岡田のこの関連の記事にまた出会った。日本記者クラブで話し、「PKOでの武器使用基準は二重基準をとるのがいい」といい(この場合の二重基準は、日本流の武器制限を使い分けで緩めろ、という話である)、また重ねて、「今の憲法では海外での武力行使はできない。改憲で海外で武力行使まで含めてできるようにするべきではないか」と述べ、湾岸戦争を例に、「イラク軍を国境に押し返すところまでは、日本も一緒にやるべきではないか」と説明したという(朝日04.09.16)。

岡田は、以前見たTVでは、これは問題提起だという言い方をしていたが、どうも今回で真意がすっきりわかった。要するに、「普通の国になって、武力行使にも参加したい。そうすると(他国にも役立つし)日本のプレゼンスも上がるだろう」というわけである。しかし、この方向の考え方には、ぼくはまったく反対である。というか、戦略判断としても、歴史と将来の筋見としても、間違っていると思う。

同じ朝日の紙面では、小沢一郎前代表代行(以下、小沢)が、水害・ヘリ事故にすぐ行くべきだったといって、岡田のフットワークの悪さと党の官僚主義を批判している。これはこれで興味ぶかい。岡田の、「安定感がある」かもしれないが、官僚出身の「どちらかというと上の世界だけ見ていて思考が固定的である」という性格がよく指摘されていると思われるからだ。小泉流のサイテーでかつ危なっかしいのよりはよほどいいだろうが、この岡田の筋で、本当に人々のための平和や幸福が見いだされるのかは疑問である。よい方向に変われるなら、変わってほしいものだが、無理だろうか。。。

最初の問題にも関連するが、小沢はそこで、今後の選択について、政党問題の次元においてだが論じて、「内向きで伝統的なもの、コンセンサスを重んじる日本的な色彩の濃い政党と、オープンでフリー、もっと外向きで積極的な政党、この哲学の差が二大政党だ」と述べている。で、彼自身は、結局後者を選ぶ、というのだ。この分類もそれ自体としては面白く、その「フリー、もっと外向きで積極的」というところに、小沢のグローバリズム志向がよく出ている。ただ、この二分法は、じつは、ぼくの考えでは、単純で現実を見誤るという意味で間違っており、それが現在の種々の混迷の原因でもある。逆にいうと、その両概念を組み替えたところに出る解に、じつは「あるべき筋」が見えるはずである。つまり、本当のあるべき筋は、その二つの対立葛藤ではなく、その間の「中」であるようなあり方、つまり「内や伝統を重んじながら、しかも外に開かれている道」を求めていくことにある。それはグローカリズムでもある。(我田引水みたいになるけれど)

外交政策でいうと、《軍事はあくまでも、専守防衛で、しかも国内だけにとどめ、しかし、民生的な意味での平和活動は、積極的に海外に出ていく》、そのような道こそ日本の道だ。20世紀に出来た「普通の国」型のことをしたり、アメリカ流グローバリズムの資本や軍事の同伴者になったりして、だれが喜びだれが尊敬するだろうか。国や国民の市場戦略としても、そんなだれも欲しくないものをしたり作ったりするよりは、地球上の百姓民草が欲しいと思っているものをこそしたり作ったりすべきだ。その方が、理念的にはもちろん、国益としても正しい選択だと思う。また国内的にも、「外に出る回路」が閉じていてみんな窒息しているのだが、その出方がピストルだというのは馬鹿で、逆切れの子ども以下(大人なのだから)である。もっとそれ以外に、世のため人のため自分のためにすることがあるだろう。むろん、そのためにはいろんな隘路があるが、それを解決することに努力が注がれるべきだ。その意味でも、岡田の、武力行使へと筋を通したくて仕方がない、それで周りに認めてもらいたがっている論は、目指す方向がそもそも間違っている。

戦後の日本がした一番の「貢献」というか、世界に受け入れてもらえたことは何だったのか。生産物でいうと、家庭や生活世界のための、民生機器をいろいろ作ったこと、サブカルチャーを種々生んだこと、それしかない。ODAが軍事的でなかったのはいいのだろうが、上からいろいろ政府や大企業中心でやったことには問題も多いのだろう。むしろ、個々の人の活動でいうと、お父さんが沖仲士の親分だったアフガンの中村哲さんを始め、世界にいろいろ散って動いている人がいる。それこそ、「尊敬」すべきことだ。実際、個々の戦後日本人の国際活動は、物売りでも協力隊でもスポーツなどの指導員も坊さんも、意外に評判がいい。そうした信用を潰すことは馬鹿であり、まるで小泉である。「メダル」を取るみたいに勝って強いぞということになったら喜び、他人も尊敬してくれ、世界が治まると思うのは、幼稚園児かやくざである──それをする個々の人はもちろん結構で立派だが、世界をメダル取りみたいに思っているのは、やはり阿呆である。

言わずもがなだが、戦後日本の「思想」は9割方、まったくの受け売りのやり続けか、さもなければ、「無」とか「絶対矛盾」とかいっているばかりで、使い物にならなかった。知識人というか、子どものオヘソいじりのようなものだった。そこでは、もちろん高い理想も愛も平和ももう語られてはいない(それをいうのは今やTVで時々やられるチャリティー番組だけである)。それが大人げないといって、最近は、オヘソいじりをしないで、ピストルを持ちたいという人種が増えてきた。ぼくは職業としての警察も軍人も現在ではあるほかないし、それはそれで尊いものたりうると思っているが、ピストルを「持ちたい」とやたらいう人種は大嫌いだ。それはブッシュや小泉や金正日を見ればわかるが、子ども大人である〔自分の子どもの時を振り返っても、銃器や戦艦・戦闘機などに関心をもち、それが何かリアルな現実に関わるかにおもったのは小学校の3年ぐらいまでだった〕(*)。しかし、その手合いが実際にものすごいパワーを手にしてそれを使い出すのだから怖い。子どもなら子どもになってほしい。大人なら立派な大人になってほしい。──話がそれたが、戦後の日本は、いうなれば、理想も愛も戦争と平和も、民や子どもたちの生活のうちに、そのカルチャーのうちにだけ込められている。実際には大きな戦艦も作らず、他国のように産業や政治が軍事に掣肘されることも(一応)なかった。そのことの可能性を考えるべきである。
(*)そう書いたのだが、あとで「軍事マニア」みたいでも、すごく面白い人がいるのを知った。加藤健二郎さんだ。ここの議論はちょっと雑に過ぎた。意を汲んでください〔04.09.19記〕

戦後(近代)日本がしたり作ったりしたカルチャーや民生技術のいいものは、意外にも(というか当然というべきか)、平安文化や江戸文化につながるものがある。それがたとえ「偉大」なものでなくても難があっても、それを文化と言わずして何といおう。美的なものや手仕事はいいものが多い。技術だって、電気釜に始まる白物家電やら家庭物・生活物の技仕事はいい。しかし、ロケットなどは、いまだ人工衛星も上げられない有様で、神様がやめろといっているのかとさえ思いたくなる。そう考えてみると、何が出来ることか、何が自分にとっても人にとっても、大事なことかがわかる。だれが、日本がミサイルを飛ばすことを喜んでくれるだろうか。だから、自衛隊は、国内的にとどまるのがいい。海外的には、個々人やNGOの活動がますます重要で、それを日本の老若男女のこれからの仕事にしてもいいぐらいだ。そしてそれでは足りない部分を、土木・医療・救援・警察等を主眼とする公的部隊や組織が担うといった形に進むのが大事だろう。──そうぼく自身は思っている。現に自衛隊がやっていることもその範疇の内側ではないか。もし部隊が行くならば、「従来型の軍」では全くなく、専ら「生活世界構築のための部隊」であることを標榜して、それを徹底して守り発展させていくべきだ。そうしたことこそ、誇るべきことだ。非軍事活動にもっぱら徹底する存在であることは、日本の歴史的使命であるばかりか、現在のような暴力の連鎖の世界にあって、平和のために貴重で真に現実的な行動でもある。もちろん、それは「日本の伝統文化」にも「アジアの精神文化」にも叶っているし、どんな他地域の文化にも叶うことができる。人々が生活することをこそ大事にする営みだからだ。

したがって、憲法だとか武器輸出制限の原則だとか、いろいろ縛りがあることは、束縛ではなく、むしろチャンスだったしまた今後もそうなのである。ただし、日本だけのためでなく、他のひとびとのためにも──。勝海舟は、暗殺の横行した幕末に、「危なっかしいから、却って刀を抜けないようにコヨリで結んだ」ということを『氷川清話』に書いているが、さすが勝である。下手な斬り合いに入らないようにしたのである。しかし勝が、では危険を避けるだけだったかというとそうではなく、彼は、いろんなところに動き回って「話し続けた」のだ。それが、最終的に、江戸の町を市民を巻き込んだ流血の巷にすることから救うことにもなった。だから、その「コヨリ」に当たる憲法の条項というは、よいことなのである。そして、そのコヨリ=縛りを元々アメリカがつくったのだったら、それは好都合でさえある。親分が「殺し合いに出ろ」といっても、「うちの家訓だ」というだけでなく、「あんたの方でその家訓づくりやったんじゃないか」と言えるからだ。そしてその好都合によって、戦後日本を何かを作ったりしたりして生きたのである。それが卑屈だとか「血も汗もかかない」という人士がいる。そもそも、鉄砲を持ったら卑屈じゃなくなるという感覚がぼくにはわからないが、たしかに民生に傾注しても利潤を自分にだけ戻したら卑屈だろう。しかし、自分のみならず人の民生のために尽力するのであれば、それとミサイルを発射するのとどちらがエライのか、前者であることは明白ではないか。だから、力を民生に注いだ/注ぐということ自体は恥ずべきことでも何でもなく、よいことである。大事なのは、そのよい事を、自分のためだけでなく、他のひとのためにも役立て、ひとびとと共有していくことである。だから改憲するなら、もっと平和主義にしてもいいぐらいだ。自衛隊も、もっと民生防衛隊・構築隊にして展開すればいい。それはもちろん国是に(平和憲法はもちろん、日本文化の歴史にも、19世紀までの天皇制にさえ)叶うことである。のみならず、それは大地の上〔地球上〕に生きるひとびとが望むことであり、ちゃんとやれば自他ともに(ドンパチや威張り合いではなく)互いに尊敬や理解を高め合うことにもつながる。

翻って、逆にそうした平和原則をはずしたら、どんな修羅道に引き込まれるか、判ったものではない。いまの日本は、麻薬やハジキを持ったやくざの親分に誘われているようなものである。それについて行ったらどうなるというのだ。国を誤るべきではない。いや日本の問題だけではない。世界にとっても、専ら非軍事で活動する希有な国が失われてしまうではないか。こんなもったいないことはない。その可能性を潰して、やくざの仲間入りするのがそんなに一人前でうれしいか。彼らと背丈が揃い、ちょっと凌いでみせられるならそんなに晴れがましいか。そんなことを思っている人も国も、まったく下(げ)である。哲さんを見てみろ、あんなにチビで汚い格好をして淡々と動き回っていて、それこそ神々しいではないか。

ぼくのこの考えからいうと、岡田・小沢の意見は問題を外しているし、小泉はまったく間違っている。岡田については、期待がなくもないから、いろいろ検討してみたのだが、如何せん、目が官僚的・上空的というか、従来型の国際関係論・国際政治などといった馬鹿な知識にやられている──。とはいえ、現実の方はもっとひどい方向に向いている。同じ今日の新聞に載っているが、小泉首相の私的諮問機関「安全保障と防衛力に関する懇談会」では、1957年に定めた基盤的防衛構想の「独立国として必要最小限の防衛力を整備する」という考え方に批判が相次いで、これに縛られてはならないという観点から、もっとアメリカとの連携を強めるとか、自衛隊の海外任務を中心的な仕事にするとか、武器輸出三原則をハズすとか、積極的な軍事力整備の方向づけをするのだそうだ。こういう考えが政府から進められることは間違いないだろう(会議の現物はここ。知り合いの川瀬氏もこの点についてふれている)。それにしても、この懇談会に入っている田中明彦については、もう分かっていたが、山崎正和とか五百旗部真といったひとは何を考えているのかなと唖然とする。ところが、あにはからんや、こうした人や小泉すら、ネット右翼からは猛然と叩かれている。何という世界だろう。ブッダでなくとも「無明」というほかはない。修羅界からみんなで抜けねばだめだ。

生活にとってもっとも内でありかつ外にもあること、もっとも右でありかつ左でもあること、もっとも低くかつ高いこと、それを求めることから解は出てくる。嘉納治五郎だって「柔よく剛を制す」「精力善用自他共栄」といっている。「暮らしは低く思いは高く」(ワーズワース)、「卑近の中に光明あり」(伊藤仁斎)ではないか。そのような方向に、文明は転換するに違いないし、そうでなければひとも地球も持たないだろう。もちろんひとりのぼく自身も。
  
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2004年09月10日

生きている物語を知る

ひとは誰もたいてい自分の奥の方に何かの衝動のようなものをもっている。フロイトがリビドーといい、ユングは原型といい、仏教が、無明/渇愛だとか業だとか呼んだものに、それは関わる。いや、そこまで言わなくても、「夢」を見るときに、それをつなぐと、ぼくらが生きていることを何か動かしている質のような力があることがわかるが、そうした何かである。

子どものとき、図鑑を見ているうちに、いつのまにか一心不乱になっていた。また、面白いお話を読んだら、そのことばかり考えていた。そのときも、ぼくを何かが動かしていた。何か物に関心が入ってしまう場合もあったし、ひととの関係や愛/性のようなものによって、とらわれたり、わくわくしたり、潰れたりすることもあった。いずれにせよ、ぼくを何か奥の方で駆動するものがあった。たぶん、そうしたものは何十年も変化しながら心身の奥底に動いている。

衝動は、生きているうちにいろんな経験を経て大きくなったりしぼんだり、ねじれたりする。もちろん強い欲望になり、またひとを変なふうに動かすこともある。衝動は、つよい憧れを恐れや愛憎や生死に関わるような願望などに関わっている。そして思うに、物語──とくにファンタジーは、その奥底の力に関わって生まれるものだ。その意味で、ひとはたいてい自分の奥の方に、たとえはっきりと自覚していなくても、物語や夢を抱いて生きているのだ。世のいわゆる「物語」や「夢」はひとのそれを外化して形づけたものだともいえる。

少し前までは、ぼくは、目の前の物理的な現実がまあリアリティであり、その物語や夢の方が現実の派生物なのだろうな、と思っていた。そうともいえないという感じもしてはいたが、ともかくまあそう思うことにしていた。しかし、最近は、どうも、その物語や夢として捉えられるものの方がじつは実在(リアル)で、現実といわれているものの方がその写像なのではないか、という気がしてきた。

よく人が死んだときに、先立たれた人が、また私も行きます、という。あれはレトリックかと思っていた。が、最近は、そうでもないという気がしてきた。たとえば、亡くなった人について、そのひとの顔、言葉、交わした思い出がある。その記憶は、ぼくの「内面」だけのものか? そうではなく、そのコミュニケーションの記憶こそがじつは客観でありリアルなのではないのか。──そんなことを言う人がいたら、無理をしてそう思い込んでいるのだろうな、と以前のぼくは感じていた。しかし、最近は、たしかにそう思おうとしている場合もあるだろうが、まったく自然にそう感じている場合もあるんだな、と思えてきた。

歴史を振り返ると、中世以前のひとは、だいたい現代人からみると夢のような世界を実在として生きている。そのように生きて来た方が人類史にとっては長い。しかし、近現代ではそうではなくなった。近現代になって、強固な完結した意識が出来たからだ。それは近現代の人間の周囲を覆う諸システムの堅固さとも対応している。物が確かなものだから、意識も確かだと考えているのだ──浅はかなことだが(ちなみにデカルトのコギトの確実性はじつは物体についての信憑を内界に投影して自己意識の裏を取ろうとしているのだ)。ただ、たしかに近現代、意識が固まったのだとしても、その奥の方では、やはりむかしと同様なのではないか。いまも、だれだって、無意識裡に何かの物語やそれをめぐるカルマを抱いて生きているのではないか。

近現代では、そうした奥底の衝動について、事柄について、無いと思っていたり、あると思っても漫画にもならない単純な機械的図式だけで、じつは五里霧中である──つまりそれを「何も知らない」。だが、その分だけ、それに容易に取り憑かれる可能性が以前よりかえって大である。近現代のひとにとって世界はいっそう確実なのだろうが、その世界は翻っていっそう不確実である。中世までのひとにとって世界はもっと不確実だろうが、その世界はもっと確実だろう。だとすれば近現代人であるぼくは、その物語とは何なのか──「ぼくは何を生きているのか」──それを知らねばならない。

おそらく、ブッシュだって、強固な語りに取り憑かれて生きている。そこには彼自身が表で思っているレベルもあるだろうが、しかし彼自身が、みずから知らない、もっと深い物語のなかに捕囚されており、彼はそれに取り憑かれた狂人(猿といいたいが、猿に却って申し訳ない)かもしれない。小泉などはもうinsaneというか無茶苦茶というほか無いようなキャラクターで、ファミコン以下である。しかし、それに牛耳られ投影を起こしつづけている方も、もう質の悪い何かにやられているというほかはない。しかもその漫画や機械図から、現に災厄が起こるのである。

話がずれた。言いたいのは、奥に働いている物語がありそうで、それが何かを吟味する必要がある、ということだ。そして、その物語がもしも変容するならば、それは翻って自身の現にある生の変容にもつながるだろう。だが、そうしたことは──そのうち往相の道すじでさえ──当然、容易ではない。若いころ、ぼくは、「思考」はそれと何とか付き合って解決にもたらせるのに、「気分」はどうしてそうではなく容易に変化できないのか不思議だった。気づいたのは、気分が、(出来事や仕事、人間との関係といったことを別にして、自分に直接する部分でいうと)食べ物や眠りや環境や身体の具合や習慣といった身心の裾野・基底というべきものに深く関わっている、という事実だった。別言すると、その裾野・基底に関わるような一種の習慣的な「行」によって、気分は相当にコントロールすることができる。ところが、そのさらに奥のもの──さっきから仮りに「衝動」と呼んでいるもの──には、そう簡単には届かないのだ。

おそらく過去のひとたちは、それをいろんな形で扱おうとしたのだろう。いまぼくは、その部分に専ら「行」をふかめるという形では接近しようと思わないけれども、しかし「物語を知る」ことによって何ほどかは近づけるのではないか、と思う。そして『荘子』に有名な「胡蝶の夢」というのがあるが、その「物語を知る」ことも、実際に物語を生きることであると同時に、その荘子の話のように、自分を別の意識から知ることにもつながっている。その際、自我は転換をはらんで多元的なものになり、いわば別のものたちのうちに宿る。ウパニシャッドが問題にしているのも、そのようなことであるらしい。

最初に、実在(リアリティー)が反転してきたみたいなことを述べた。神道には「霊主体従」という考えがある。そういうと変なようだが、プラトンのイデア論だって、また西欧思想にずっと流れている、世界の基底に「言」が埋もれていて、それが事柄を生起している、といった考えだって、同じようなものである。要は、その「霊」「イデア」「言」と思っているものが一体何なのかである。むかしのひとは、それを「審神(さにわ)」したりその「業」(カルマン)を解読したりしたのだが、近代人はテキストに即してこれを「解釈」した。いま、それは占い師や種々の心理業者やメディア操作人たちの手に入ってしまい、科学や学問と名がつくものは(狭い専門性は誇っていても)じつは生の解読については痴呆同然になってしまった。しかし、それらとはちがう仕方で、それを知ることが問われている。そのことは、よき物語をぼくらの生に取り戻すことにつながる。いや、取り戻しにつながらねばならない。〔04/09/12補訂〕
  
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2004年09月09日

原稿/outputすべきものの滞貨をどうしよう

ブログがどうにも書き指しばかりになる。あれも書き次がねば、これも……と思っているが、それが出来ない。ブログがまるで現在の自分の抱えた原稿みたいになってくるな。原稿の方、ちゃんと原稿化して議論を展開したいトピックがいくつもあるのだが、蝸牛の歩みである。

10年ほど前までは、トピックがあるということと、それに追いついて喰らいついて書くということとが、何とかバランスシートが合っていた。別のトピックというのもあるが、それはバランスシートの外にあって、また取りかかることができるものとしてその傍に置いてある感じだった。しかし、現在は、8か9つぐらいのバランスシートがあって、滞貨しつつ、ゆっくり一つづつしか出来てない感じだ。これでは、この時間競争のうちで、積み残しのままでそのうちくたばってしまうな、と思う。展開すべき図式は自分のなかにあるのだから、それが死んでしまうのは、どうにももったいない。どうすればいいだろうか──。

65歳過ぎて暇になったらやればいい? それはそうだが、そのとき気力が落ち、手間をこなす環境がなくなっていたら、できなくなるだろう。若いときは、たくさん追われているようでも、時間があった=気力のようなものがあった。若いときは、むしろその気力が自家中毒することによる、陥没を避けて、水流をうまく流すことが大事だった。年をくってくると、そういう過剰エネルギーがなくなり、事と自分との間のマッチングは取れてくる。ところが、関わるものがあまりに複数化しすぎて、手が回らなくなってしまう。もっと年をくったら??

たぶん、ここで一方で、自分が何か構造変化することと、他方で、他の人に事を委任することができなければだめなのだろう。ひとによっては、抱えすぎが悪循環を生じて過労死する場合もある。他に譲るということは、世代交代の始まりである。ただ、世代交代も、委任できる人も、ぼくのまわりにはどこにも無い。たしかに専門業では、若い人が彼らなりにどんどん育ってくれていて、うれしいことだが、アイデアとして動いていることは委任できないし、ぼくの身辺そのものは、どうにも片付かない。改札口に立って切符を切りつづけているような感じだ。どうすればいいだろうか。
  
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