田中正造はすごい
この何ヶ月か時を見ては田中正造を読んでいるが、まったく感心することばかり。ぼくは昔、田中正造全集が配本されていたころ、買っていたのだが、反公害の原点とか、抵抗者の神様みたいに言われるのが、何かいやで、そのうち読みもせずにその全集を売ってしまった。
いま田中を実際に読んでみて、何と浅はかだったか──当時耳目にした持ち上げ方が、というより、そういうものかと思った自分がというべきだが──に気づいた。戦前、田中に義人伝説があったが、70年代にあったのも新しい義人伝説だったかもしれない。ところが、ところが、田中自身はそういうものではなかった。脱帽する。
田中は、近代的な自由や正義や法といった考えを正面から受け止めながらも、しかし近代的なものに寄生していい気になるのではなく、むしろ最低の生活の現場に立っていった。そこから、日本のさらに近代の国家・文明に対して根本的な批判をしている。今時の格好のいいとか、見かけがどうというような種類のものではまったくない。安っぽい虚無でいい気にもならず、勇気をもち、何よりもひととしての情趣と、ひろやかな厚い愛を失わない。身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もあれ。昔はこんな人がいたのだ。名を残さなくても、他にもいろいろ居たのだろうな。
名利や功に駆られ官や威や文明を誇る者たちが、無数のひとや動植物のこころを潰していったのだが、それで天地に恥じないのか、と田中は言っている。平将門が祀られたように、田中霊祀が出来たのも宜なるかな。
子どもと老人にとってのことば・物語
戦後児童書出版をして来たTさんと夫人のMさんに、古今東西の神話・哲学に通じているHさん、世界の国々で長い経験を積んで来たKさんたちと会った。そのときの記録をまとめたので、以下に載せます。お母さんお父さん向けだから、少し柔らかタッチです。転載なので一部分変えてありますが、意を汲んで下さい。
子どもの本づくりの始まり
子どもの本や絵本がなぜ必要なのか、それはどこから出来てくるものなのだろうか。Tさんが、戦後、出版社を始め、「子どものことに着手しよう」とするとき、その選択には二つの側面があったようだ。一つは、ちょっとびっくりしたが、営業上の視点。出版社を託されたとき、やはり「子どもの本に将来があると思った」という。「私の家は代々は商人です」といわれた。ただ空想的だったりメルヘン志向というのとはまったく違って地に足が着いている。仕事は生活のなかから出て「持続可能」なものであるべきなのだな、と思わされた。
ただし、やっていければ、何でもいいというのではもちろんない。それがもう一つの側面になるが、松居さんは、戦後、紹介され始めた諸外国の絵本や児童文学をみて、「ほんとうにびっくりした。いいものがまわりになかったと思った」という。その「いいもの」をつくろう、と考えられたわけである。
「いいものがまわりになかった」といっても、聞いてみると、戦前、子どもの時から「コドモノクニ」(1922創刊)の愛読者だったそうだ。またご家族のあいだで絵に親しんでいたり、お母さんが毎日詠むお経をきいていた。「その絵や姿や声がまだ耳目に残っている」という。絵も言葉も体験が深かった。そこから、戦後のお仕事も出て来たわけである。
からだに染みこんだ「ことばの力」
Tさんは、生まれたお子さんを初めて抱いたとき、あやしながら、ふと、子守唄を口ずさんでいた。ずーっと忘れていた唄だった。それは、松居さんが「親から聞いたもので、それが突然出てきた」という。耳から聴いてこころとからだの中にじっくり入ったことば、それはまた次の世代に伝わっていく。「言葉は伝承なんですよ」。
その「ことば」は、声によって語られ直接耳で聞く。そして感情のひびきをもっている。「人称性」をもったやり取りの中に生きたことばがある。小さいときに、ことばを語りかけ本を読んでもらい、聞いたり話したりする。ことばを感じ味わい生きる。その体験から、こどもは育つ。おとなでもそうかもしれない。だから、子どもが「切れ」たりする事件があると「ああ、そういう体験がなかったのじゃないかな」とTさんは思うが、はたしてそうである場合が多い、という。
Hさんが、うなずいて、「歌もそうですが、川や山や自然の声・音、そして見ている風景や木々、動植物、そんなものにも養われていますね」というと、みな賛成した。Tさんも続けた。「五感はみなことばです。それをフルに動かして、寒い暑いとか痛いうれしい、美しいとか感じる。それが無かったら、自分の気持も他のひとの気持もわかりません」。Tさんは、おとながこどもに与えてやるべきものは「健康、ことば、愛情」であるという。たしかにそれが子ども自身が「生きていく力」になる。
ひとと交わす「ことば」、ひとびとの「ことば」
健康ないのちに、愛を伴ったことばが与えられるとき、こどもはのびのびとし他者たちへの想像力が生まれる。それはまた、自分自身でも話し、物を読んでいくことにつながる。こうして、ひとがことばを聞き・話し・読み・書くことには、ことばと共に人が育っていく「時のこもった」プロセスがある。そうした「充ちた時間」の経過が自分のなかになければ、ことばもたんに瞬間瞬間の〈反応〉のようになるほかないだろう。それでは人と対話することができない。「そういう「ことば」を持っていなければ、暴力に訴えるしか無くなってしまいますよ」とKさんも指摘する。クイズのような知識や情報が増えても、本当にひとと話したり、そして知恵を持っていったりすることができない。
順番も大事である。「あまり先に文字や分別にふれてしまうと、かえって声のことばがなくなる」とTさんはいう。これも面白い点である。
そうしたことばの「記憶」や「成長」は、個人のものだけではなく「人々のもの」でもある。かつては、昔話や伝承をたくさん憶えていてそれを語る「語り部」たちが各地で身のまわりにいた。そのありさまについて、皆で、ひとしきり会話がはずんだ。Kさんは、韓国にはいまでも、論語や孟子を憶えて語るひと、旧新約聖書を記憶している人がいることを紹介して、みなを驚かせた。
Hさんは、「そうしていろんな民がいろんな物語を持っていますね。身を持ってそれを憶えていた。それがあとになってテキストになったんです」と古代からの様々な事例を語った。東洋でも、むかしは漢文の素読をやったものである。百人一首もそうである。また、そこには、リズムや調子がある。そうしてこころの中に「種子」となったことば・歌・物語は、ひとびとを生かしてくれるわけである。
「気」を生かす・表わすこと
「ことばや物語は「息」です」「いのちです」とTさん・Hさんがいうと、Kさんは、「東洋でいうと気ですね。その気を殺さないで生かすことが大事です」といった。各人にことばと共にやどった「気を育くむ」ことが大事だ。しかし「日本では「場」を優先し過ぎて「気」を圧迫して来たきらいがある」とKさんがいう。そこから、現代の芸能や映画で沖縄を始めとする地方やアジアの活動が「元気がいい」ことに話がはずんだ。これは「生の現場」を大事にするという意味で、グローカルという問題にもつながってくる。
現代では、気を生かすよりも、ひとが枠にはめられ、それに対応して、遊びや気晴らしが提供されている。その遊びは、自分たちで工夫して作ったものではなく、TV・メディア等から与えられている。子どもたち同士や親子も、「互いに向き合う」のではなく、むしろTVやゲームやイベントの方に顔を向けている。その楽しさは、本当に「幸せ」といえるのか──という話にもなった。
Hさんも、わらべ歌や民謡のリズムが近代で唱歌や行進曲になるとき、「気が何か歪められてしまった感じがする」という。教育で、気が育つどころか、むしろ殺されることも多いのではないだろうか。
ひとを生かす物語
現実には「おかしな語り」も世にはたくさん供給されている。とすると、「どんな物語や表現がほんとうにひとを生かすのか」という問題になる。夫人のMさんは、聖書を素材に革の染色をなさっており、それと対話している。「それが無かったら生きていけない感じ」だという。Mさんは、病院で手術したときも、聖書の言葉ですっかり気持を入れ替えることさえ出来た、という。
Kさんは、最近、入院手術したとき、お医者さんから聴く音楽を選ぶように言われた。ヨハン・シュトラウスの曲を選んだが、ベッドに戻って麻酔が覚めたとたん、それが耳の奥から聞こえてきて、その余韻に驚いた、という。体に音楽が入って、手術の間、それがいわば息づいていたのである。絵やイメージにもそんなことがある。昔のひとが仏画や仏像を見ているときも、ただ鑑賞の対象だったのではない。きっとその像を自分の中で味わい生きていたのだろう。Tさんの育った京都では、子どもが主役の地蔵盆があり、町内ごとに地蔵があったという。町のひとは子どもと共に地蔵を祭り、これを生きていたのだ。
老人と子どもの物語
「どんなことば・物語を?」という問いは、お年寄りをめぐってはいっそう問題になる。ことば・物語は、現代では、子どものみならず、老人においても奪われている。Kさんが言うように、「現代の文化は、若者・壮年を中心に出来ている」からだ。
病んでいる人やお年寄りには、ことばやその語りかけが、とても大切である。病院で、患者に対して、高みからではなく視線を低く揃えて見てくれ、声によく耳を傾けてくれるなら、それだけでも、どんなに癒されることだろう。何かのバックボーンがある病院は、たんに儲け主義だったりひとを物扱いするということはないだろう、と少し安心する。設備も大事だが、医者や看護士さんたちが生きる物語が大事で、それに患者も生かされる。金所長は、そもそも医者・看護士・患者たちがそれぞれ対話が欠けていることが多いが、「お互い同士に話すことができることがまず何より大事だ」という。
病者やお年寄り自身には、どんな物語があるのか。事柄は意外にも、子どもの問題ともつながっている。というのは、老いの時間は、壮年を越えて、思いの外、子どもの時に結びついている。老いて落ち着いた豊かな時を、子どもの時の充実した時や思い出が可能にしてくれる。その意味でも、子どもの時が大事だし、今からでも「本当のいい子どもの物語をもっと読むといいですよ」とTさんはいう。物語を通して、時間はあとからでも発見できるのである。
そして死に向かっての物語もありうるだろう。それは、世界の「受容」や他者への「贈与」の物語なのか、それともKさんのいうような「夢」に関わる物語になるのか。いろんな話が出たが、私には、まだ簡単には見えない。様々な宗教や神話は、「永遠のいのち」の物語を語っている。自分という個体の「からだ」はもちろんなくなるだろう。しかし、「いのち」は、そのどこか・何かに帰っていくらしい。それに向けて「自己の生を全うする」ことは大事だ。そしておそらく、その「永遠のいのち」ゆえに、おとなは子どもを育て、また子どもが自ら育つのだろう。そして、それぞれの「時をもった」生者同士、生死ある者同士、お互いに「伝える」ことが必要なのだ。
決まった結論はむろん出ない。しかし、多くのことを考えさせられた。