2004年07月14日

参議院選挙が終わった

参議院選挙が終わった。このところ他の仕事や事務・応対あまりに忙しくて、しっかり書く余裕がないので、メモ程度のことだけ、記しておくことにする。

・二大政党制の流れが如実になり、中小の集団が代議制に関与することが、決定的に不可能になってきた。巨大政党・巨大組織にかかわるか、さもなければ、マスメディアに顔を出しているというのでなければ、政治への積極的参加が何も出来ないような仕組みになってきている。票の動きは全体としては、社共などの中小の分が無くなり民主に移ったというだけの話である。たしかに民主党は善戦して自民党が苦戦したとはいえるだろうが、それは民主が取りこぼさなかったということであって、別にマスコミが騒ぐように民主が勝ったというほどでもない。国民の判断は「死に票になりそうな中小党には入れなかったが、その分を自民には回らないようにした」ということである。その意味で、選挙開票の当夜に、民主党の岡田が全然ぬか喜びもせず、二大政党制の流れがはっきりした、とけろっと言っていたのは、たいへんに冷静でよく見ているな、と思った。

・二大政党制というのが、それほどいい仕組みなのかどうかぼくは以前からわからなかった。まあ、問題意識としては、一党支配を相対化して、もう少し動態化してダイナミズムをもたせたいということなのだろうか。しかし、小選挙区制と相俟って、二大政党制によって、党内部的には派閥の力が(よくもわるくも)低下して党中心化が強まるだろうが、有権者の場においても、選択肢が少なくなることになる。しかし、派閥であれ立候補者・議員であれ、その絞り込みによって、無駄なものが無くなるならともかく、有益な存在が排除されるようになるのであれば、元も子もない。下手をすると結局、「自民党の派閥が二つの党になって、他に誰もいなくなっただけ」ということになりかねない。

・そんなことにならないためには、「その二つに収斂しない」第三極を担保して、それによって外からあるいは内から、その二党を(いい意味で)掣肘し方向付けていくほかはない。つまり、そのような「他者」が必要だ。この点では、公明党の意味はたいへんに大きい。今回、公明党がプレゼンスを高めたことが、自民党をよく方向付けるのならいいが、どうもこの2年ほどを見てみると、ワルイおやじにくっついた、世間体を気にする強欲なおばばといった感じで、冬柴などはイラク人質事件のときに率先して叩きに回っていたし、神崎も目のあたりの人相がどんどん悪くなっている。仏法の理想と平和をこころに抱いているような顔では到底ないように見えるのは、残念なことだ。

・権威的組織が、外的には平和と愛のために機能するということはありうる。創価学会も共産党も、どれほど内部が対話的なのか大いにあやしい。カトリックでもその問いを到底免れない。とはいえ、宗教政党なら、せめて現在のカトリックの動きぐらいは真似してもいいと思うが、それは期待できないのだろうか。ヨーロッパの社民党の背景にも、多かれ少なかれキリスト教があるのではないか。だとすると、仏教が──アジア宗教が、いかに政治とかかわるかという問題が、いまここで出て来ているのだといえる。

・このところの公明党をみると、仏教が、自我論に立てこもって、近代になってすら、社会思想・政治思想をあまりにいい加減にしていたことのツケが回っているかに思える。牧口常三郎や戸田城聖は何を言っていたのだろうか。少なくとも、公明党・創価学会は、仏教・平和を標榜するだけに、その理想をちゃんと守って、自民党(の軍拡路線)に対して「寄り添う」のではなく「他者」でなければならないはずではないか。

・二大政党制において他者を担保するという問題は、政党の問題だけではない。結局は、社会的次元の問題でもある。二大政党制によって、果たして現在の生活や制度の多様さや複雑さが本当によく吸収できるのだろうか。それでも、たとえば、アメリカのように、中間集団が猛烈にたくさんあるとか、イギリスのようにいろいろ経験に学ぶプロセスがあるところなら、ある程度よく機能する面もあるのかもしれない。しかし、中間集団というものが、すべてといっていいほど崩壊していて、「官」と「メディア」と「企業/系列」だけが支配しているような日本で、そんなことをやって何がいいのか大いに疑問である。

・けれど、いずれにせよ、弱小な(側にされてしまった)者たちが、このままへこむのではなく、結集して自分たちの主体性を形成する、ということが課題であることだけは確かだ。もしもそれが無ければ、健全な諸力がいっそう弱い分だけ、日本はアメリカよりひどい世界になってしまうだろう。それほど、いまは岐路なのだ。田中正造は、人道をもち正直である善人こそ、ただの善人であってはならず、権利を説き・知恵をもち・結合力をもたねばならない、と述べている(M37頃)。依存体質をあらためて、対話と連帯の体質に変えなければ、後がもうなく、そうでなければ一生、制度とメディアと有名人のドレイであるほかはない。

・政権交代という話題も、その後の新聞ではいろいろ書いてある。ただ、今回の民主党票は、政権交代が無いことを前提にしてのものが相当に多い(現に、その後の世論調査(朝日、04.7.14付)では、全体の56%、民主支持者でも3割が、政権は自民党(小泉)のままでいいと述べていた)。だから、本当に政権交代がアリアリと見えるようになって、本当に民主党に入れるかというと、そう簡単ではないと思う。むろんよりそうなるかもしれないが。

・ただ、政権交代がどうであれ(二大政党のうちのどちらになろうと)、実際の国の動き、とくに憲法や外交政策等については、いろんな人が言っているようにそう楽観できない。議員の7〜8割が改憲を許容する時代であり(これも朝日の記事)、民主党内には自民党もびっくり、というようなタカ派がたくさんいる。それが多数になり、また「戦争を知らない世代」の短慮や不満がそこに加わることになったら、何が起こるかわからない。とはいえ、9条的な理念の支持者は潜在的に少なくない面もあるだろう。だから、ただ危ないだけでもない、とも思う。

・戦後の革新というのは、結局「狼少年」だったのじゃないだろうか。来る来るといって騒いで何をしたのか。少年はじつは狼に依存していた。無意識のうちに、狼と少年はグルだったのだ。少なくとも狼を呼ぶ少年であることに安住していた。しかし、本当に重要なことは、適切に語り・適切に行うということしかない。要は、9条的な理念が(引きこもりでも騒ぎ立てでもなく)どう「形になる」か「勢力になる」かが問題である。ここでも、田中正造がいうように、人道こそが声と形と力とをもたねばならないのだ。

・ぼく自身は、従来の護憲を高唱するだけのような護憲派の論理はもうだめではないか、と感じている。たしかに護憲の主張は戦略的にはいまでも十分ありうると考える。けれども、護憲をアプリオリに立てるというのは(改憲をアプリオリに掲げるのと同様)変である。自主憲法じゃないといけないというのも馬鹿だが、護憲しかないというのも同類ではないか。感傷的であってもいいが、無論理であってはならない。理念を実現するためには、しっかりした論理構築が必要なはずだが、従来の護憲派にそれがあったかぼくには疑わしい。いろいろやった人がいるのだろうが、少なくともぼくには見えない。

・何よりも、法はつくるべきものであり、その意味で、ただ9条を守れというのだけではなく、「9条を9条として再定義すること」がむしろ必要かと思われる。法や制度が守られなくなったり乗り越えられたりしそうなとき、たしかに「守れ」ということが決定的に重要な場合も多い。しかし、何かが動こうとしているとき、ただ守勢に回ったのでは、結果責任からいってももっとひどいことを招来することもある。そうでないために、「つくる」という方向で、その動きを受け止めるよりよいものを提示した方がよいことも大いにある。つまり、護憲護憲というだけでなく、新しい理念をそこに鍛え直さないといけない。もっといい平和憲法をつくればもっといいのだ。それができれば。。法は、金科玉条などではなく、自分自身および地球市民の実際の生活幸福にそれが結びつくような実践の方策・論理こそが重要だ。アカデミズムも法官僚も護憲派も自民党もみんな「パリサイ」的な呪物崇拝から抜け出ていなかったのではないか。

・どうもこの5年ぐらいうちに、明治の10年代ではないが、憲法案をいろいろ提起する中で戦いが生まれるような局面が起こりそうだ。明治のときのように、それを天下りでさらわれるのではなく、またタイミング的に虚をつかれるのではなく、むしろ戦略的・理念的に進むことができることが大事で、またそうすべきだ。そしてそのさい、文明史的には、アジア的思惟がそこで何をつくれるのか、それが問題だ。仏陀、ガンジー、タゴール、田中正造……といったひとたちの霊を呼び込むようでないとだめだ。現実のセクトには、せめて創価学会は仏法に立ち戻り、神道派は国家神道を乗り越えて原点に立ってくるよう願う気持ちだ。

・昭和10年ころ、戦争に入りまたさらに入ろうとしている日本をめぐって、哲学者や宗教家が、「日本の世界史的使命」を説く文章をいろいろ書いている。むろん時局迎合的なものも多い。しかし、そういう微妙な言い方のもとで日本が(帝国主義・侵略主義ではなく)道義的であるべし、という主張をしている場合もある。とはいえ、そんなものでも、結局/あるいは結果的に「欺瞞の言説」であったことは逃れられない。そして、敗戦後・平和憲法のころは、「一億総懺悔」が語られた。だが、考えてみれば、「一億総」というのもおかしいし、みんな丸坊主というような「懺悔」のニュアンスもおかしい。だが、その当時あった(庶民の)自省や理想は、それだけのものだったはずはない。そのことはジョン・ダワーの『敗北を抱きしめて』からだけでもわかる。だが、それを誰もぼくらにわかるように取り出してくれてはいない。それが問題だ。

・生活者は生きることが仕事であり、知識人は生活者でありかつそれを自覚することが仕事だ。理論や言説が面白くてもいいが、それが生活と無関係であれば、それは遊び、と自覚すべきだ。しかし、戦後思想は何を作って来たのか。輸入や遊びはしたかもしれないが、作ったものも自覚したものも皆無ではないか。近世からだともちろんだが、近代になってからでさえ、思想的な貧困は、戦後数十年は、飛び切りのものではないか。しかし、この敗戦にこそ、日本史的・アジア史的・世界史的・生活史的意味が発見できるはずであるのに──。重要な問題のひとつは結局、日本の知識人の「たましいと知力のなさ」に帰着する。猛省して進むしかない。


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