2004年05月09日

中間的な主体の生成

昨晩、台湾出身で日本国籍をとっていま官僚に近いような仕事をしている人と会った。35歳の人。この人は、様々なサイドの人たちと付き合いがあり、自身、単純な右とか左とかいった人ではない。

彼の言によると、日本人の35歳以下の人の多くは、関心が国内だけに閉じ、また総じて身辺・身近なことばかりに生きている。そのことを、日・中・台の複雑な間で生きてきた彼の体験からいうと、とても痛感するという。むろんそう内向きではなく、政治や国境を越えた事情のことに関心をもつ人もいる。しかしそういう人(の若い人)は8割方は「右翼」だ、と彼はいう。外務省の若手も、いまやときには防衛庁以上の軍備論者・強面論者になっている人が少なくない、と彼はいった。

もうひとつ興味ぶかかったのは、外務省の官僚などが中国等とやり取りするに当たって、「中国の方はとてつもなくしたたかだが、しかしこっちはこっちであまりに傷つきやすい。だから日中関係はなかなかうまく行かない」という話。そういう対外的なつきあいにせよ、外交政策にせよ、押さえの利いた粘りづよい言い方や態度が中国と持てるのは、もう70歳以上になってしまうようだ、と彼はいう。

彼の言がどれほど当たっているか、わからない。むろん彼自身の視点やサンプリングが何ほどか偏ってないはずはないから、簡単に「それが実際の傾向だ」とはいえない。右翼的・左翼的というのも、むろん俗な言い方にいま乗っているので、じつはむつかしい。とはいえ、その中に含まれた、「傷つきやすさ」が反転して「強面」になる──という、この両者のセット構造は、ぼくもやはり、現在の「右翼的」潮流の構造にどうもあるような気がする。もちろんそれは「左翼的」であってもいいわけだが。

(彼の話では、日本ではリベラル派のように見られている民進党は、台湾内では政権を取ったマルキシズムのように「強面」で、行政の中立性を無視すること甚だしく、自由を圧殺することも多いのだそうだ。むろん台湾独立派は、対中・対米関係的にはリベラルというべきだろうが、しかし対内的には別の文脈をもつ。また、対日的には日本の右派と結びついてく。事柄は何とも複雑性を帯びている。ただ、ともあれ、この場合も、従来の被抑圧グループが反転、強硬論者になる現象が見られる。)

似たような問題として、たとえば実際の軍人であったなど戦争を経験した人が、むしろ軍事的動きに対して抑制的であり、逆に、そういう暴力性を実際には知らず、頭の中だけで知っている人が、かえって過激な手法を取ろうとする──そうした例が、意外に多い。たとえば、前者の例として、アメリカだとパウエル、日本だと後藤田。後者の例として、アメリカだとネオコン、日本だと新世代の軍事増強論者。ちょっと喧嘩を知らない少年が却って「切れる」というような話にも近いが──。

この問題は、よく考えてみると、丸山真男の「実感信仰と理論信仰」という話にもつながるし、あるいは諺の「弱い犬は吼える」という話にもつながる。「力」にせよ「知」にせよ、何かが「有る」ことと「無い」ことのその両端は、じつは「共軛関係」にあり、「反対物が一致」している構造をもっていることが少なくない。

しかし、望ましいのは、中間の道・徳である。内に生まれたvicious circleであるコンプレックスAを抜ける道は、notAではない。「中」のうちにある。アリストテレスだろうとブッダだろうとそういう「中」を言っている。それは、妥協的な「中程」などというのとはまったく違う。いうなれば、物事が「こなれる」とか「成熟する」、「理性的である」あるいは「情緒がある」──そういったのに近いことだ。

これは「形成」の問題でもある。ヘーゲルは理性の狡知といった。それと重なるのか、いや重ならないかもしれないが、ともあれ──さまざまなアイロニーを越え、悪循環や膠着に陥らないで、物事を進める、そういう生を導いていくようなボン・サンスが人間の「よい営み」には働いてはいないだろうか(温和だという意味ではなく、過激であってもいいのだ)。もしそうしたものがあるとしたら、それは市民的公共性にとって必要であるにちがいない。


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