今度は、英語史の先生が辞める最終講義とパーティーに出た。最終講義では、6頁のレジュメが配布され、それも11世紀の古英語の例がぎっしりだったので、これはわからないな、と思ったが、説明が丁寧でよくわかった。
講義で示されたのは、言葉や典拠との関係を丁寧に追って、その語用を分析し、環境も考慮して推論をほどこしつつ、それが使われた世界を浮き彫りにし、さらには言語の歴史を通し見ていくという作業。大づかみな概論を一度にやるのではなく、ディテールにまず入り、そのポイントを扱う。ただし、そこに留まってしまうのではなく、さらにそこからより大きなコンテクストを見出していくという手法。
これは、理論的というよりは、調べ物的であり、しかしさらには物語論的なものでもある。そうして、グローバル/普遍主義ではなく、かといってローカル/特殊主義でもなく、グローカルといってよい、輻輳的な像が見出されている。こういう方法によるストーリーの書き換えが、人文系のいろんな場所でおそらく起こっているのであり、英語史においてもそうなのだろう、と思った。
ぼく自身はこのような語学的な分析は(たとえ英語でなくても)到底できない。しかし、他方でぼくも、思想史テクストにおける理論的言語のレベルでは似たような、一言一句に詳しくこだわりながらそれを少しづつ広げていこうとする作業をやっている面もある。つまり、着手点はちがうが、ぼくもやはり同様のテクスト分析をやりたいと考えてはおり、その共通点は面白かった。
文字テキストのこうした分析は、この1000年か1500年ほどの人間の文化の中心作業だった。そうした仕事自体は残るに違いないが、しかし、そうしたディシプリンやジャンルの意味・位置づけは、相対化されていく。歴史性を帯びて形成される人文的テキストといった趣きはだんだんこれにこだわる人を減じ、時代とともにそうした文字テキスト的過去は忘れられる。文字テクストは必ずしも想起されなくなり、代わりに画像もともなった語りがひろがるだろう。だとすると、こうした仕事はいったいどうなるのか。
そうしたことを片隅に思いながら、パーティーに出ると、何人かの偉い先生が、この先生が英語史というディシプリンをいかに着実かつすばらしく行う人だったか、この仕事がじつは世界で稀な貴重なものなのだということを語った。と同時に、スピーチは、英語史という古典学的な手法が、現在のアカデミズムで、どんどん前線を退却させられているその危機感をその裏でにじませるものばかりだった。
この先生は、縁戚にあたり、そのことでぼくも、急にスピーチをすることになった。ぼく自身は、先生との縁戚を説明し、おとうさんのいかにも金にも権力にも無縁な印象を述べ、それが自分を現在に至らせたのかも知れないということ、キャンパスにおいて、先生の人徳がぼくにとって、今後七光りになるだろう、といったことを述べた。硬い話ばかりだったからか、あとで案外みながニコニコしてくれたのはびっくりした。
あとで気づいたのだが、スピーチの際、人はその人との機縁を語ることが多い。そしてそのことによりもたらされたものへの感謝や今後の寿ぎに話をもっていく。それは、ありきたりのものにもなるが、それが面白い場合は、いかにもその人とその人の出会いという文字通りlocaltiyが語られていく、そのことを知る喜びをあたえ、その人の負った物語ともいうべきものが見え、しかもしれが、個別的でありながらも、何か共感を生じる、といった場合である。
そのとき、(親戚だだったら親戚としての、同僚だったら同僚としての、後輩なら後輩としての・・・・・・)個別の縁を通じて、その語りが広がった共鳴を起こすわけである。このあり方は、しかし、上のテキスト分析における解釈の仕事を、受容というより生産において行っているのだと言える。それが面白いと思われるかぎり、たとえ英語史や思想史は忘れられても、機縁をたどり・語るという人の営みそのものは、なくならないに違いない。
