共(common)あるいは間(between)は、古来の中(mean)とともに、グローカルな生き方にとって、重要な概念だと思う。
そのうち「共」についてだが、共とは、ひとの側からいうと、誰かと誰かが共にある・共に働くということであり、ものの側からいうと、何かに誰かと誰かが共に与るsahre・共に有つということである。それらの存在・活動・関与が、そのひと(たち)以外のひと(たち)に向かって開かれている場合は、公共public,open/disclosed commonといい、そうではなくそのひと(たち)の内に閉じている場合は、私共private, closed commonという。前者は、開共、後者は、閉共といってもいいかもしれない。たとえば、広場は公共であり、居間は私共である。どちらの面においても、蓄積・所有という問題がそこにつながっている。
公共と私共とは、もの(内容)が豊かである場合、より両立する流れ・領域となりうるが、それが乏しい場合、公共とより対立する流れ・領域になりやすい。
、
