2004年02月10日

みずから考えるという「いのち」

現代日本の論壇では、20世紀に言語論的転回があったといい、また少し前から物語論だといっている。が、その内容はというと、相当部分は、すでに17C後半から18Cころには日本をふくめ世界の各地で考えられていたことだ。というか、指摘されているその言語の働きそして物語論的な認知とは、そもそもが「健全な悟性」ならもう十分に知っている事柄である。

その17〜18Cと20〜21Cの二つの思潮はどちらも、理性的主体の専横に対して、対抗または補完して、立ち上がってくるという点で、同じ流れに棹差している。そのようにして、ひとの「認知の全体性」がところを得ようとしている。また、その当時なりの「生の欲求」というべきものが浮かび上がろうとしている。

問題だと思うのは、そうした言説の提起のされ方である。言語論的展開であろうと物語論であろうと、学者たちは、どこかの「偉い物語」を引用することによってそれを語る。足元の日常をみることによってでも、周囲の史的状況を対象化することによってでもなく──。これはどういうことだろう。どうして学者の言説は、いつも「お父さんはこう言っている」というのだろうか。むろん適切に論じるために誰がどう言ったということを挙げるのは大事なことだ。が、どうして何時までも、「誰が」が「権威」を帯び、ことばが「自分のことば」にならないのだろうか。

自分自身の言葉として考え語らないということは、論語でいう「学んで思はざれば則ち罔〔くら〕し」そのものだ。荻生徂徠なら「阿房」(あほう)だというだろう。とはいえ、その空白はしばしば報いられるようにもなっている。つまり、生の具体的文脈を捨象し、権威への依存と専門(バカ)性によって議論を提出する。そのような捨象のご褒美として、代わりに、別のシステムによって名誉や権勢が供給され、あたかもそれがリアリティであるかのように承認されるようになっている。

生きるための糧も他者の承認ももちろんある程度は必須なものだが、そのリアリティ造成システムは、「道」とはしばしばまったく食い違っている。その「逆立ちしたリアリティ」と「道」との間で、そうしたリアリティは虚偽と権勢が癒着しているのではないかと批判し反省しつづけるなら、ひとは辛抱しつづけねばならない。

その尽力のなかで、自分自身の思考により、具体性との対話の経験のなかであらわれてきた〈もの〉は、幸運に恵まれれば、人生を越えて、個的所有を越えて、いわばpublic domainとなって人々の中で生きる種や土となる。そうして生成するものこそが、世代と空間を越えてつたわる人間の思考のいのちなのだ。その背後には、膨大な真実や虚偽の屍体と残骸とが埋もれている。が、それでも、そのいのちは芽吹き、生き続けねばならない。希望によってか信仰によってか生き続け、そして自分を別のいのちへと手渡さねばならない。




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